山田尚子監督が描いた“女性の物語” 『平家物語』から紐解く日本アニメの潮流

『平家物語』から紐解く日本アニメの潮流

日本人のルーツは平安時代に?

ーー平安時代を取り上げたアニメ作品はいくつか公開されていたり今後も予定されていますが、平安時代がフィーチャーされやすい理由はなんだと思いますか?

杉本:平安時代のアニメ作品というと、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』がまず最初に思い浮かびますね。あとは今、片渕須直監督が、清少納言が『枕草子』を書いた時期の物語を準備中です。この3人は、いずれもリアリズムを突き詰めてきた監督さんたちだと思います。以前、片渕監督に取材した際に同じようなことを質問したら、『この世界の片隅に』制作時に月日や天気など起きたことを全部調べて、その情報をもとにアニメを再構築していくという手法をとっていたようで、平安時代くらいまでならさかのぼれるだろうと考えたからだとおっしゃっていました。僕の意見としては、平安時代は現代の私たちが考える日本文化が形になってきた時代だからだと思います。ひらがな、カタカナができた時代もこの時代ですし、平安京があったから日本の古都は京都なわけです。奈良も古都ですが、何となく日本人の心のふるさとといえば京都というのは平安京の影響なのかなと思いますよね。

渡邉:やっぱり日本的なものとの関係性があるのではないかという感じはしますよね。それこそ、絵巻物をはじめとした日本的なものと見なしうる映画的、漫画的、アニメ的なものの原型が作られたのが大体平安時代なのかなと。一方で、前回の『もののけ姫』に結び付けると、室町時代は平安時代に1回出来たそういうものが崩れてゼロベースになっている。平安時代が体現していた純日本的なものと、宮崎監督が好きな日本的なものがぶっ壊れてハイブリッドになった室町時代的なもの。宮崎さんはおそらくそこにも逆説的にルーツを生み出していくわけじゃないですか。だからそこの平安と室町の拮抗階級みたいなものを調べていくのが面白いのかなと思いますね。

杉本:“室町の宮崎”対“平安の高畑”という視点は新しいかもしれない。要するに我々日本人のルーツがそこにありそうだと。アニメは今、現代日本を代表する文化で、そこの中枢で活躍されている方が、日本人のルーツとしてなんとなく平安時代に目を向けたがる要素が何かあるのではないかということですね。

時間とジェンダーを超越した「びわ」の存在

渡邉:僕も視覚文化、映像文化から見た日本史をいつか仕事としてやってみたいなと思っています。それで言うとすごく奇抜な発想で、今回の『平家物語』のびわっていう女の子が琵琶弾いているじゃないですか。彼女自体の造形も楽器の琵琶っぽいですよね。「琵琶が奏でる音楽」という聴覚的な要素になっているけど、同時に未来も見えるという視覚的な担い手でもあってすごく面白いですよね。だからあの、びわっていうキャラクターがこれからの『平家物語』の焦点になるのかなと思います。それで言うと、お題が変わりますが、毎回登場する長い髪の女の子の語りは誰だと思いますか?

『平家物語』ビジュアル

杉本:悠木碧さんがやっているのでびわなんでしょうね。彼女は成長しないキャラクターとして今のところ描かれていますが、どうも成長しているようにみえますよね。あれが物語に繋がるのか、全く繋がらない特権的な立ち位置なのかというのも非常に興味深いですね。あれが疑似化だったら面白いですよね。物語って“物が語る”故に物語だから。

渡邉:だから『平家物語』ってまさに“琵琶が語っている物語”ということなのかもしれないですね。

杉本:平家の滅亡の物語をまるで誰かが観ていたかのように語られていたのが『平家物語』の特徴ですが、そんな人が存在するわけないんですよ。でも、時代を超越して残った“物”が観ていたという面白い解釈はできると思います。日本的な想像力から出たキャラクターであるということですね。また、この作品は中枢のスタッフが女性だということもあって、明らかに女性にスポットを当てていますよね。例えば、びわが女の子ということもありますが、徳子さんも中心的なキャラクターとして登場しています。それ以外にも第2話では白拍子の祇王と仏御前という2人の話が非常に印象的でしたよね。ここで描かれているのが、女性同士の対立では全くなく、むしろ男の権力の横暴で人生を狂わされた2人の連帯でした。2人は全く作中で言葉を交わしませんが、2人にしかわからない強い感情が描かれているのがすごいなと思いました。渡邉さんは、この辺の古典における女性の描き方の変化というのは、高畑監督の『かぐや姫の物語』とも共通する部分だと思われますか?

渡邉:共通する部分というよりは、『平家物語』を最初に観たときに、『かぐや姫の物語』以降のアニメだととっさに思いました。『かぐや姫の物語』ってやっぱり1つの達成であって、リアルに1人の女性の物語を描き切るということを高畑監督はやったので、意識せざるを得ないと思いました。『平家物語』の視線劇で、さりげなく薄く、でも非常に印象に残る繊細な演出というのはどこか『かぐや姫の物語』で描いていたものと通じるものがあると思います。原作の『平家物語』自体が古代の日本史において権力の物語であり、同時に男の物語でもあるわけですけど、それとはまったく違うミニマムな1人1人の女性の物語と転換したわけですよね。だから、そこはある種『平家物語』的ではないアプローチとして面白かったです。あとは、過去の山田作品との繋がりというところで言うと、どうしてもびわと『聲の形』の(西宮)結絃ちゃんは重なってしまいますね。声がどちらも悠木さんですし、男の子っぽい女の子という性のかく乱が重なっています。他にも早見(沙織)さんや入野自由さんなど、『聲の形』とのキャラクターとの関係性みたいなものも想像してしまうキャスティングになっているという感じですね。杉本さんはびわの性のかく乱についてはどう思いましたか?

杉本:びわというキャラは時間とジェンダーを超越した特権性があるキャラクターとして設定されていますが、なぜ今の時代に特権的なキャラクターの視点を求めたんだろうというのがまだ第4話までなので(同座談会は10月7日に実施)わからないところが多いです。でもそこに1つ、山田監督と吉田さんの現代的な視点のポイントがあり、後々大事な意味が出てきそうな気はしています。

渡邉:結絃ちゃんもある種、硝子ちゃんと将也くんの関係性の傍観者というか一眼レフではたからずっと観てるという。だから『聲の形』の結絃ちゃんと今回の『平家物語』のびわはどうしても重なって、アナロジカルに見えますね。

杉本:悠木さんの芝居の調子もかなり似ていますよね。女性の話という面では、やっぱり山田さんと吉田(玲子)さんがこれまでやってきたことの積み重ねが活きているのかなという気もします。男臭い話よりもこういう話の方があの方たちのストロングポイントを活かせるだろうし、またそれが現代的な感覚にもなっていいだろうなと思いますね。ただ、原作を読むと、思ったほど雄々しい、勇ましい話じゃないという印象を抱くんです。さっき話した祇王と仏御前の話も原作から抜いている話ですし、他にもたくさんの女性が出てきます。あとがきでも池澤夏樹さんが「女性の物語という側面は実は結構強い。にもかかわらず、軍記物として有名になっている作品であるが故にそういう部分が見落とされてきたというのはあったのかもしれない」と言っています。また、今回のアニメ化に際して古川日出男さんが「今まで誰が平家物語を女性の物語として理解していただろうか、このアニメはまさにそうやっているのだ」とコメントを寄せていますけど、まさに見落とされてきた『平家物語』を山田監督がやっているという印象はありますね。

渡邉:山田監督のキャリアの中ではターニングポイントになるような作品でしょうね。

杉本:今まで京都アニメーションのスタイルの中に山田尚子のスタイルがあったと思いますが、その外に出てみて広がりを感じさせる部分はありますよね。元京アニのスタッフの方も何人か参加していますが、新しいスタッフと組んで新しいことができるようになっているという部分もあると思います。ウェブ系のアニメーターが結構参加されているのが印象的です。3話の絵コンテ、演出されているちなさんは、若い方で、今回観て非常にセンスのある方だなと思いましたね。第4話で次男の資盛がびわ相手に牛舎の中で話しているシーンの資盛の芝居がすごくよくて。ちょっとディズニー調の芝居でしたが、非常にうまい人が描いていると思われます。背景の話で言うと美術監督の久保友孝さんは、『プロメア』や『メアリと魔女の花』、美術スタッフとしては『かぐや姫の物語』など手描きのジブリ作品を全部担当されている方ですね。

渡邉:『リズと青い鳥』でこの先どう行くんだというのがあったので、『平家物語』という意外性もある新しい境地なのが面白いし、正解だったという気がしていますね。宮崎駿監督が『千と千尋の神隠し』の後に『崖の上のポニョ』で完全に手描きに戻ったみたいな感じで、あの方向性を突き詰めても新しいものを作るのは難しいだろうなってときに『平家物語』という題材がうまくヒットしたという。

杉本:そういう意味では『火垂るの墓』をやった高畑監督が、『平成狸合戦ぽんぽこ』を経て『ホーホケキョ となりの山田くん』で作風の広がりを見せたように、山田監督にとってそれが『平家物語』なのかなという気がしますね。

杉本:渡邉さんの著書『明るい映画、暗い映画 21世紀のスクリーン革命』では、21世紀の明るい画面の新海誠と並んだ代表的なものとして京アニが取り上げられています。まさに明るい映画というのを作ってきたのが京アニ出身の山田尚子監督という理解ですよね。今回の『平家物語』について、明るい映画と暗い映画の対立の中で位置づけるとしたらどうですか?

渡邉:『聲の形』とか『リズと青い鳥』とかフォトリアルな疑似実写感として表現されている京都アニメーション、特に山田尚子作品というのは、この本の中で明るいアニメーション映画の典型として取り上げています。ただ、『平家物語』はこれまでの山田作品の演出とセンスを引き継ぎつつ、新しいこともやっていると思うので、典型的な明るい映画にぴったり当てはまるかと言ったらなかなか難しいところもあると感じています。ですが、今日杉本さんとお話してきて面白かったのが、2020年代のアニメの風景、美術がある種、版画的になっているのではないかということ。『サイダーのように言葉が湧き上がる』はまさに明るい映画で、僕は川瀬巴水よりもわたせせいぞう的な何かを感じましたが、ああいう原色のアクリル的、イラスト的なところに、もしかしたら僕がここで主張している明るい映画の系統に繋がっているのかなと思いました。今いろいろなところで見られる版画的な風景と明るい映画の関係性というのを考えてみたいなと思いますね。

「シーンの今がわかる!アニメ定点観測」バックナンバー

第1回:『竜とそばかすの姫』
第2回:『もののけ姫』

■放送・配信情報
『平家物語』
フジテレビ「+Ultra」ほかにて、2022年1月より放送開始
FODにて、9月15日(水)24:00より先行独占配信
※放送、配信日時は都合により変更となる可能性があり
声の出演:悠木碧、櫻井孝宏、早見沙織、玄田哲章、千葉繁、井上喜久子、入野自由、小林由美子、岡本信彦、花江夏樹、村瀬歩、西山宏太朗、檜山修之、木村昴、宮崎遊、水瀬いのり、杉田智和、梶裕貴
原作:古川日出男訳 『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09 平家物語』河出書房新社刊
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
キャラクター原案:高野文子
音楽:牛尾憲輔
アニメーション制作:サイエンスSARU
キャラクターデザイン:小島崇史
美術監督:久保友孝(でほぎゃらりー)
動画監督:今井翔太郎
色彩設計:橋本賢
撮影監督:出水田和人
編集:廣瀬清志
音響監督:木村絵理子
音響効果:倉橋裕宗(Otonarium)
歴史監修:佐多芳彦
琵琶監修:後藤幸浩
(c)「平家物語」製作委員会
公式サイト: HEIKE-anime.asmik-ace.co.jp
公式Twitter:@heike_anime

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