『いだてん』は“オリンピックとは何のためにあるのか”と問いかける 改めて響くセリフの数々

『いだてん』総集編を見逃すな!

 4年に一度、世界中の人たちが集って行う巨大なスポーツの祭典・オリンピック。2019年に放送されたNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』は、明治42年(1909年)から昭和39年(1964年)までの長きにわたって日本人がオリンピックに関わった歴史を群像劇に仕立てた。

 第一部では日本ではじめてオリンピック(1912年のストックホルム)に参加したランナー金栗四三(中村勘九郎)が中心となり、第二部では新聞記者・水泳指導者から運営に携わるようになる田畑政治(阿部サダヲ)へとバトンタッチする。金栗と田畑は各々その情熱で個性豊かな多くの人たちを巻き込み、彼らの組んず解れつ七転八倒する姿を描くことで人類を魅了してやまないオリンピックの実像に肉迫していく。

「オリンピックで大切なことは勝つことではなく参加することである」
「人生において大切なのは勝つことでななく努力をすること」
「征服することではなく よく戦うことだ」

 これは『いだてん』第31回「トップ・オブ・ザ・ワールド」におけるロサンゼルス・オリンピックのエピソードに登場する、近代オリンピック創始者・クーベルタンの言葉である。ところがこの言葉の上に「一種目モ失フナ」とスローガンを貼り付けていた人物がいた。後(のち)に1964年、日本にはじめてオリンピックを招致することになる田畑政治である。彼はロサンゼルス・オリンピックに日本の水泳チームを率いて参加していた。

 続く第32回「独裁者」で田畑は「ロスは楽しかった」と言い、オリンピックとは「ただのおまつりですよ。走って泳いで騒いでそれでおしまい。平和だよね~」と言う。オリンピックが始まる前は勝つことに重きを置き、選手に非情な采配をしていた田畑の気持ちが、実際に参加してみて変化したのだ。

 第41回「おれについてこい!」で田畑が語る理想のオリンピックは「共産主義、資本主義、先進国、途上国、黒人、白人、黄色人種、ぐっちゃぐちゃに混ざり合ってさ。純粋にスポーツだけで勝負するんだ。終わったら選手村でたたえ合うんだよ」というものだった。1964年に至るまでの半世紀もの間、オリンピックに様々な形で関わってきた田畑はオリンピックにこだわってこだわってこだわり抜いて、その本質に近づいていく。

 田畑だけではない、たくさんの人たちがオリンピックに焦がれ己の人生を賭ける。オリンピックに日本が初めて参加することも、オリンピックを日本が初めて招致することも大変な偉業である。血のにじむような努力によってそれらは成された。その過程はユーモアを交えながらドラマティックに綴られる。

 脚本家の宮藤官九郎の描く登場人物のディテールは歴史上の人物もオリジナルの人物も誰も彼も生き生きと輝かせる。愚直なまでにひたすら走り続ける金栗。1909年、アジア初となるIOC委員に就任してから死ぬ直前までオリンピックの光の部分を見続けて開催しようと奮闘する嘉納治五郎(役所広司)。オリンピックに夢中になりながらその影の部分にも目を向け葛藤する田畑。1928年、アムステルダム・オリンピックにて日本人女性で初めてオリンピックに参加した陸上選手・人見絹枝(菅原小春)。1936年、ベルリン・オリンピックで日本人女性で初めて金メダルを獲得した水泳選手・前畑秀子(上白石萌歌)。1964年東京オリンピックに出場、「青春を犠牲にして。そう言われるのが一番きらいです。わたしたちは青春を犠牲にしてない。これが青春だから」という名言を放ったバレーの河西昌枝(安藤サクラ)。陸上選手に憧れながら関東大震災で亡くなったシマ(杉咲花)。金栗のために陸上用の足袋を考案した黒坂(ピエール瀧、第16回から三宅弘城)。金栗の幼なじみで神出鬼没の美川(勝地涼)。嘉納の最期を看取り形見のストップウォッチを田畑に渡す平沢和重(星野源)等々……ドラマを彩った幾多の登場人物たちの人生をひとりひとり紹介していくと長くなってしまうのでここで留めるとするが、忘れてはならない重要人物は、落語家・古今亭志ん生(ビートたけし、若い頃・美濃部孝蔵時代:森山未來)である。彼が明治、大正、昭和を俯瞰して見る語り部となり、「東京オリムピック噺(ばなし)」という落語を創作する。『いだてん』は志ん生が作った壮大な落語という体(てい)になっている。

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