『いだてん』制作の裏側は“もうひとつのオリンピック”だったーーチーフ演出・井上剛の挑戦

『いだてん』制作の裏側は“もうひとつのオリンピック”だったーーチーフ演出・井上剛の挑戦

 明治から昭和にかけてオリンピックに関わった日本人の姿を描いた大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)は、そのスケールの大きさや斬新な映像表現において、テレビドラマ史上かつてない前人未到の大プロジェクトだ。

 この度、リアルサウンド映画部は『いだてん』チーフ演出の井上剛にインタビュー。ドラマ史上かつてないこの巨大プロジェクトは、一体どのようにして生まれ、進められてきたのか? 膨大な取材のもとで紡ぎ出されたかつてない物語と、スポーツを見せるための斬新な映像表現を次々と産み出してきた『いだてん』制作の背後には、もう一つのオリンピックとでも言うような、果敢な挑戦の連続があった。(成馬零一)

緻密な取材によって生まれた物語

――もうそろそろ、終わりが見えたという感じでしょうか?

井上剛(以下、井上):いえいえ。スケジュール的に終わりが見えているはずなんですけれど、仕掛けが多く、大規模なロケーションもあるので、撮り切ることができるかどうか……。

――チーフ演出の井上さんが、どんな仕事をされているのか教えてください。

井上:基本的に全ての事柄に関わっています。企画が形になる前から携わり、企画から派生した物語を作り、物語の素材を取材するために、スタッフに調べてもらうことを振り分けます。同時に今後の展開に沿った牽引の仕方を考え、同時に俳優のキャスティングのアイデアと座組みを考えていく。

――井上さんがすべてを決めていくということですか?

井上:アイデアをもらって膨らませて、撮影方法等をプランニングしていくという感じですね。目指しているイメージのフラグを立てて、仕事の方向性を提示していきます。例えば、『いだてん』序盤は陸上の話ですが、うかうかしていると次は「水泳の話」になるので、水泳の準備をしなければならない。そして「水泳の話」と同時に戦争の話がはじまるので戦時中のことも調べなくてはいけません。ですので、それぞれを担当するチームのプロジェクトが同時に走っている状態です。一日の仕事で言うと、撮影もあれば編集もあり、各プロジェクトごとに膨大な打ち合わせがあり。それを毎日毎日積み上げていくという感じですね。

――『いだてん』を作ろうと思ったきっかけについて教えてください。

井上:「歴史」をやってみたいと思ったのが最初のきっかけです。戦時中の歴史に興味がありますか?という話を宮藤(官九郎)さんに話したら『円生と志ん生』(集英社)という井上ひさしさんの小説にある(古今亭)志ん生の満州時代の話とかいいですよね、と宮藤さんがおっしゃって。つまり、ドンパチやっている戦争ではなくて、笑いもありペーソスもあるというような話をやりたい。そういうざっくりしたイメージが最初にあって、そこから一度冷却期間を置いて取材している間に、オリンピックと戦争をつなげると歴史ドラマとして成立するんじゃないかと。そこから大河ドラマの企画として動いていきました。だから、オリンピックの話というよりは、志ん生という語り部が先にあったという感じですね。

――取材の過程で、金栗四三さんのことを知ったそうですが。

井上:最初にオリンピックに出場した日本人についてスタッフは誰も知らなかったんです。それで探していくと金栗四三さんというユニークな人がいたことがわかった。じゃあ、金栗さんが生まれた時期から1964年の東京オリンピックまでを取材してみようと思いました。それが膨大な取材量で、どこにも専門家みたいな人はいなかったので、我がチームの取材に全てかかってくるというか。雑誌から何から昔のことを徹底的に調べました。

――ドラマでは毎回、取材から入るのですか?

井上:基本的にはそうですね。ただ今回は、自分たちの想像を越えて大変でしたが。例えば、金栗さんの資料はほとんどなかったので、まず熊本に行ってご遺族に話を伺ったのですが、ご遺族の方もほとんど知らないんですよね。もう関係者の方も生きていない。ですので、戒名を見せていただいて家系図を作って関係者を当たっていきました。

――その取材過程だけでドキュメンタリー作品が作れそうですね。

井上:大変でしたね。今も田畑政治さんを筆頭とする登場人物のご遺族の方に、プロデューサーチームが毎回取材して、お話を伺っています。その中で作られていったキャラクターたちなんですよね。その取材内容を元に宮藤さんがキャラクタライズしていくのですが、あながち間違っていなかったりして。例えば勝地涼さんが演じた美川秀信くんは一般の方なので資料なんてないですからね。

――劇中のキャラクターは、実在した方と架空の人物がいるのでしょうか。

井上:ほとんどの登場人物は実在した方です。8~9割、忠実どおりだと思います。史実合わせをしていかないといけないので大変なんですけどね。一見、突飛に思われるかもしれませんがそうそう、嘘は書けないんですよ。

――天狗倶楽部は、クドカンドラマのキャラクターっぽいなと思っていたら、実在したと知って、とても驚きました。

井上:痛快で朗らかな人たちって本当にいたんですよね。そういう人たちのエピソードを掘り起こしてドラマのイメージを共有するまでに、ものすごく時間がかかりました。ですので、スタッフが共有できるように(イメージの)レールを敷くという作業ですね。同時に追加取材も並行しておこなっています。撮る段階になると、わからないことが新たに出てくるので。ロサンゼルスの描写もそうでした。日系人の街だとか彼らが食べにいったお店が今も残ってるんですよ。そうなると美術にも反映させないといけない。だから、調べ物はずっと続いています。脚本を作る上でのネタ探しとしての取材と、キャラクターを深める上での取材、更に彼らの生活環境だったり、時代背景についての取材を深めていかないといけない。そんな取材を繰り返して、スタッフやキャストの目に見える形になって、やっと演じることができるんですよね。

――脚本になるまで、どのくらいの時間がかかったのでしょうか?

井上:取材は3年ぐらいですね。だから、調べ物をずっと担当しているスタッフもいます。2014年の冬からやってます。

――足掛け5年ですね。2014年だと『64』(2015年)や『トットてれび』(2016年)の前ですね。

井上:そうですね。他のドラマを撮りながら、『いだてん』の取材に戻るという感じで、実は『あまちゃん』が終わった後、最初に立ち上がった企画がこれなんですよ。

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