『闇はささやく』はただのホラーではない “幻想文学”の流れを汲んだ映画としての真価

幻想文学の流れ汲んだ『闇はささやく』の真価

 Netflix映画『闇はささやく』が配信中だ。アメリカの田舎の屋敷を舞台に、ホラーと犯罪サスペンスが混じり合った物語が展開する内容だが、かなり独創的な部分があるために、多くの観客を困惑させている作品でもある。アメリカの有名な批評サイトでも、批評家、観客の評価ともに、じつは散々な意見が見られる本作は、果たして、評判通り見るところのない映画なのだろうか。ここでは、謎めいた本作の内容を振り返りながら、その真価を解き明かしていきたい。

 本作に登場するのは、ニューヨーク州北部の田舎に引っ越した一家だ。キャサリン(アマンダ・セイフライド)は、マンハッタンで絵画の修復の仕事をしていたが、夫のジョージ(ジェームズ・ノートン)が田舎の大学で教職の仕事を見つけたので、幼い娘とともに3人で、大学に近い古い邸宅に住むことにする。しかし、そこにはすでに“何か”が住み着いていた。やがて、その屋敷では過去に恐ろしい事件が起こっていたことが明らかになり、再び同様の惨劇が繰り返されようとする……。

 ニューヨーク州北部のオルバニーに住み、複数の大学で学生を指導してきた、本作の登場人物の設定に近い境遇の作家、エリザベス・ブランデージが書いたのが、本作の原作『All Things Cease to Appear(全てのものは消えゆく)』である。その物語は前述したように、ホラーと犯罪サスペンスが混じり合ったものだ。しかし、この作品をただのホラーとして、またはサスペンスとして読んだところで、十分に楽しむことはできないだろう。なぜならこの小説は、それらのみに強い価値を持たされていないからである。では、本作の中心となっているものは何なのか。

 そのヒントとなっているのが、時折登場人物の会話などに出現する、実在の人物名である。エマヌエル・スウェーデンボルグ、ジョージ・イネス、トマス・コール……原作では、ウィリアム・ブレイクなどの名前も挙がっている。劇中で大学の教鞭をとることになるジョージは、絵画史を研究していて、なかでもジョージ・イネスやトマス・コールなどの芸術家を研究対象としている。これらの芸術上のテーマが、本作で描かれる“謎”に関係してくるのである。それでは、本作は『ダ・ ヴィンチ・コード』のように、芸術作品の謎と犯罪が絡み合う、いわゆる「アートサスペンス」なのだろうか。

 しかし、それも少し的を外しているように思われる。なぜなら、「バルビゾン派」に分類される自然主義の画家ジョージ・イネスが、神秘主義者エマヌエル・スウェーデンボルグの思想に強く影響されて神秘的な絵画を描くに至った事実があるように、本作に登場する芸術家に共通するのは、あくまでスウェーデンボルグの思想への繋がりなのである。

 スウェーデンボルグとは、18世紀初頭に活躍した科学者であり、天文学や鉱物学など様々な分野で画期的な研究にあたり、解剖学においては右脳と左脳の役割の違いを発見するなど、目覚ましい功績を残している人物である。彼は、あるときから、生きたままで死後の世界をさまよい霊魂と会話をしたというような奇妙な主張をし始め、神秘主義に傾倒して、霊界などにまつわる多くの著述を遺した。さらにはストックホルムの大火事を予見する「千里眼」なる奇跡を起こしたことで、当時の知識人を含めた多くの人々に支持されることになったのだ。

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