『マーウェン』ロバート・ゼメキスのキャリア集大成作にみる、“架空の世界”に救われる人々の心理
「現実を侵食していくファンタジーや妄想」というのはこれまでのゼメキス作品における一貫したテーマであるが、『マーウェン』ではそれが人間を「回復」させるための手段としてこれ以上なく明確に描かれている。ゼメキスが実写を長期的に離れる直前に撮った『キャスト・アウェイ』で、無人島に漂着したトム・ハンクス演じる主人公を正気の側にギリギリとどまらせていたのは、彼が頭の中で擬人化をして友達として語りかけていた一個のバレーボールだった。あの頃からゼメキスは「妄想によって命を救われる人間」を描いてきたわけだが、『マーウェン』を観た後だと、そんな過去のいくつかの作品がゼメキスにとっていかに切実なものだったかについて思いを巡らさずにはいられない。
2012年に『フライト』で実写映画に復帰した時、どうして12年間CG作品ばかり作ってきたのかを訊かれたゼメキスは、「その当時は完全にデジタルシネマと恋におちてしまったんだ」「それに、実写映画で撮りたいと思う良い脚本に巡り会えなかったんだ」などと屈託なく答えていた。その言葉に嘘はないだろうし、彼が精神的な困難を抱えていたという具体的なエピソードなどが広く知られているわけではない。しかし、奇跡の胴体着陸によって乗客の命を救って「英雄」として賞賛されたパイロットが実はアルコールやコカインに依存していた『フライト』の主人公ように、あるいはその主人公を演じたデンゼル・ワシントンと長年タッグを組んでいたトニー・スコット監督がちょうどその2012年に突然自ら命を絶ってしまったように、人間には誰しも二面性があり、(トニー・スコット同様に)80年代初頭からハリウッド・エンターテインメント大作の「陽」の部分を担ってきたゼメキスもその例外ではないだろう。
「私たち誰もが生きるための苦しみを抱えていて、苦しみを癒すのは普遍的なテーマだ。誰もが自分自身を癒す必要性を理解している。彼(マーク・ホーガンキャンプ)は人生の最も苦しい瞬間に終止符を打つために、苦悩を表現する必要があった。それは芸術の重要な目的の一つで、彼はそれを写真という方法を使って表したが、私は彼がそうしなればならなかった理由が深く理解できる」。『マーウェン』について、そう語るゼメキス。『フォレスト・ガンプ』を彷彿とさせる主人公の設定に加えて、終盤には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』へのオマージュシーンまである『マーウェン』を、きっと多くの人はゼメキスの集大成と呼ぶことだろう。でも、本作は単にゼメキスのこれまでの集大成であるだけではなく、彼が今後もハリウッド・エンターテインメント大作を作り続ける上で、このタイミングで作っておかなくてはいけない必要なプロセスだったのではないだろうか。主人公のマークにとっての、「マーウェンコル」でのフィギュア写真の撮影がそうであったように。
■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「Rolling Stone Japan」などで対談や批評やコラムを連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)。最新刊『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。Twitter
■公開情報
『マーウェン』
7月19日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
監督:ロバート・ゼメキス
出演:スティーヴ・カレル、レスリー・マン、ダイアン・クルーガー、メリット・ウェヴァー、ジャネール・モネイ、エイザ・ゴンザレス、グウェンドリン・クリスティー、レスリー・ゼメキス
配給:パルコ
(c)2018 UNIVERSAL STUDIOS