異色の朝ドラ『半分、青い。』とは何だったのか? 秋風羽織の“3羽の鳥”に込められていたもの

『半分、青い。』とは何だったのか

 裕子の死は2度目の夢の終わりだったのだ。鈴愛が、第81話の海辺で缶ジュースをマイク代わりに「You May Dream」を歌い踊る鈴愛と裕子とボクテの場面を1人で反芻することからわかるように。そして再び、第81話で秋風の元から飛びだっていったイラストの3羽の鳥が飛びだっていった。

 裕子が「私はここにいてはいけない」と漫画家の夢を断念し、結婚することを決めた時、「君、がんばれよ。私の分までとは言わない」と言うことで彼女は漫画家の夢を半分鈴愛に託し、その夢を終わらせた。その後看護師という新たな夢を見つけた。

 裕子にとっての「夢」は、秋風(豊川悦司)が以前言っていたように自分の居場所を見つけることだったのだとしたら、優しい夫と子供のいる家庭に居場所がなかったのかという疑問は残る。だが彼女はその居場所を病院で自分を切実に求めてくれる人たちに見出し、そのために今度は逃げないという方法を選んだのだろう。だから、生ではなく死を選ばざるを得なかった。そして、鈴愛に「私の分まで生きてくれ、そして何かを成し遂げてくれ」と今度は完全に自分の夢と想いを託した。

 鈴愛、裕子、ボクテの関係が、律でさえ踏み込めないほど特別であるのは、同じ時期に同じ夢を追いかけた戦友だからだ。秋風塾を裏切ってでも漫画家デビューを渇望したボクテは今も漫画家としての居場所があり、才能の枯渇に抗えなかった裕子と鈴愛は、新しい居場所を模索した。その結末が、「自分の代わりに何かを成し遂げて」という無念ささえ滲む台詞とともに死を選ぶしかなかった裕子と、様々な紆余曲折を経て、ようやく何かに行き着いたかのように思える“生きる塊”鈴愛のラストだったのだろう。

 『半分、青い。』にはたくさんの飛べない鳥がいた。祥平(斎藤工)の自殺未遂もまた、1つの「飛べない鳥」の隠喩だった。天才である秋風羽織を空高く飛ぶ鳥に例えた鈴愛は、自分のことを、それを見上げて歩く飛べない鳥だと言った。だが、秋風にとっては逆だったのではないのか。秋風自身は動かない。旅立っていく弟子たちを自分の元から飛び立っていく3羽の鳥のイラストで表現した。飛べない鳥は飛べる鳥を羨む。

 生きていればいいこともあるが、苦しいことも多い。だから人は想像力を駆使し、何かを創造しようと志す。でも、創造することで生まれる絶望や憎しみ、夢を勝ち取るために必要なズルさもしたたかさも、このドラマはシビアに描く。「タフでなければ」何かを成し遂げることはできない。夢への渇望は命がけで、死はいつも隣り合わせだ。

 鈴愛と律の2人がようやく、視聴者が最初に想定していただろう展開、つまり“運命”の2人が結ばれ、そよ風の扇風機を完成させるという結末に行き着くには、ドラマの括りにおいては半年必要で、物語においては40年の歳月を必要とした。私たち視聴者は、神様のように、空の上から、なかなか気づかない2人の道筋があっちにいったりこっちにいったりするのをやきもきしながらただ見ているしかなかった。

 でも、人生とはそういうものなのかもしれない。自分の居場所も運命も簡単には気づけない。神様は常に明確な道筋を示してくれるわけではない。すぐに自分の進むべき道を見つけることができたらラッキーだが、人生の道筋にたくさんの選択肢がある現代を生きる私たちは、運命の人も、自分の居場所を見つけることさえ難しい。

 それでもいつかは見つかる。生きてさえいれば、いつかは辿りつくことができる。想像することを忘れさえしなければ。最後の「雨のメロディー」はそんなことを教えてくれたような気がした。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『半分、青い。』総集編
10月8日(月・祝)[総合]
前編:13:30〜14:58
後編:15:05~16:33

10月28日(日)[BSプレミアム]
前編:23:30~0:58(再)
10月29日(月)[BSプレミアム]
後編:0:58~2:26(再)

出演:永野芽郁、松雪泰子、滝藤賢一/佐藤健、原田知世、谷原章介/余貴美子、風吹ジュン、中村雅俊、上村海成/豊川悦司、井川遥、清野菜名、志尊淳/間宮祥太朗、斎藤工、嶋田久作、キムラ緑子、麻生祐未
制作統括:勝田夏子
プロデューサー:松園武大
演出:田中健二、土井祥平、橋爪紳一朗ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/hanbunaoi/

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