『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』は“オリジナル脚本”の良さを思い出させてくれる

『のび太の絵世界物語』オリジナル脚本の良さ

オリジナル脚本作の批評性

 3月7日公開の『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』で45周年を迎えた『映画ドラえもん』シリーズは、藤子・F・不二雄による漫画原作(大長編ドラえもん)が存在するものと、オリジナル脚本作が混在している。わさドラ(水田わさびがドラえもんの声を担当する2005年以降の『ドラえもん』)作品だけでカウントすると、『映画ドラえもん』19本中、今回の『のび太の絵世界物語』を含む12本がオリジナル脚本作だ。

 大長編ドラえもんは、かつて『コロコロコミック』に“子供”向けとして描かれていた。一方のオリジナル脚本作にはそのような原作がないだけに、しばしば“大人”が感知できる批評的視点が差し込まれることがある。『ひみつ道具博物館(ミュージアム)』(2013年)では有用性は高いが危険な科学技術を、『のび太と空の理想郷(ユートピア)』(2023年)はジョージ・オーウェル的なディストピアを、『のび太の新恐竜』(2020年)は生まれつきの身体能力優劣を、それぞれ劇中で取り上げて問題提起していた。

 もうひとつ、オリジナル脚本作ならではの特徴がある。漫画というメディアでは成立させにくい表現が可能、という点だ。大長編をベースとした『映画ドラえもん』は、当然ながら、漫画でも表現できる物語である。しかし長編アニメーション用として作られたオリジナル脚本作は、これまた当然ながら、その物語を漫画で表現する必要がない。むしろ漫画では不可能な表現にこそ、アニメオリジナルの価値がある。

 たとえば2024年の『のび太の地球交響曲(シンフォニー)』では、演奏する楽器の曲想自体が演奏者の感情を表しており、のび太たちがステップを登ると音が奏でられる、といったギミックも採用されていた。音が出ない漫画では不可能な表現だ。

 2025年の『のび太の絵世界物語』は、その「漫画表現のできなさ」をさらに別の方向から追求している。

※本稿は『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』の一部ネタバレを含みます

漫画では表現できないこと

 『のび太の絵世界物語』のテーマは「絵画」。物語はこんな感じだ。

 異空間から突然落ちてきた謎の絵画。その“中”にドラえもんのひみつ道具「はいりこみライト」で入ったのび太たちは、絵に描かれていたクレアという6歳の少女に出会う。彼女は〈アートリア公国〉という国から来たと説明するが、スネ夫が百科事典で調べてもそんな国は存在しない。やがてのび太たちは絵を経由(説明省く)して、13世紀のヨーロッパにかつて実在したという〈アートリア公国〉に足を踏み入れることになるが、そこには思いもかけない“敵”がいた――。

 のび太たちが入り込む「絵の世界」の背景ビジュアルは、絵画のタッチがそのまま再現されている。水彩画なら水彩画風、というわけだ。つまり、同一画面内で従来のアニメ調のタッチ(キャラクター)と絵画作品のタッチ(背景)が同居している。基本的にモノトーンの描線と塗りで構成され、手元サイズでの閲覧を前提としている漫画でこの状況を表現するのは、かなり難しい。

 また、本作は「色」が物語の重要な役割を担っている。

 たとえば、見る角度によって色が変わる希少な絵の具。クライマックスにおける「世界の色が消える」というギミック。落書きのようにラフでカラフルなクレヨン絵がカクカクとぎこちなく動く、など。これらも同様に、モノトーンの静止画を基本とする漫画では表現が難しい。よしんばできたとしても、「フルカラー、大画面、動画」である劇場用アニメーションほどの効果はあげられないだろう。

 つまり『のび太の地球交響曲』も『のび太の絵世界物語』も、「漫画形式ではなく、オリジナル脚本による劇場用アニメーション作品」であることに、強い“必然性”があるのだ。このことは、人気原作を安易にそのままドラマ化、アニメ化して原作ファンをそのまま取り込もうとする昨今の一部の風潮に対する、ある種の批評的態度であるとは言えないだろうか。

 本来、物語というものは、個々に最適の発表形式(メディア)というものがある。コマの大小やページネーションで緩急をコントロールする漫画。文章の連なりで読者のイマジネーションを喚起する小説。様式美と誇張を駆使しながら動きの面白さで視聴者を引き込むアニメーション。生身の役者が醸す実在感で見る者を圧倒する実写映像。プレイヤーに参加させることで架空の世界に没入させるゲーム。

 それぞれのメディアにそれぞれの得意がある。それゆえ、あるメディアで発表された物語を、人気が出たからといって安直に「コミカライズ」「ノベライズ」「アニメ化」「実写化」「ゲーム化」して別メディアに移植したところで、元メディアと同等の“必然性”を保持できるとは限らないのだ。

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