両さんが“日本のホビー文化”に与えた影響とは? 50周年『こち亀』の隠れた偉業に迫る

9月10日のAmazon売れ筋ランキング「本」部門で32位にランクインしていたのが、『こちら葛飾区亀有公園前派出所 202』(集英社)である。『週刊少年ジャンプ』での連載は終了したものの、短編などは不定期に発表されている『こち亀』。その5年ぶりの新刊だ。
連載開始から50周年を迎え、特設サイト「こち亀オンライン」や全話のあらすじをコマとともに収録した豪華本『亀史記』の発売、はたまた全話無料公開キャンペーンや2027年の新作アニメ制作など、さまざまな企画が動いている『こち亀』。連載が終了しているにも関わらずこれだけのプランが動いている点には、本作の根強い人気と底知れぬパワーを感じる。
『こち亀』が描いてきたホビーの歴史

そんな『こち亀』において名物と言えるのが、ホビー関連への目配りの鋭さである。長い歴史を持つ『こち亀』にはある程度話の類型があり、その中でも数多く掲載されたのがホビー回だ。連載中はプラモデルやエアガン、フィギュアにレトロ系玩具と、さまざまなホビーアイテムを取り上げた回が多数掲載され、その掘り下げ具合は『こち亀』のマニアックさを象徴するものだった。ミリタリーマニア・ガンマニアでもある作者・秋本治氏の趣味も多分に反映されており、掲載された作品からはその時々のホビー業界のトレンドもうかがえる。
現在のこち亀オンラインには、特定の単語が登場する『こち亀』のコマを検索することができる「こち亀全コマ検索」という機能がある。そこで試しに「プラモデル」と打ち込んでみると、なんとこの単語が一番最初に登場するのは2巻の3話。連載の中でもかなり初期である。そこでは両津がタミヤらしきツインスターのマークが描かれた箱を開けながら「プラモデル製作のつづきでもやるかな」と口にしている。
注目すべきはその箱絵。サラサラッと描かれたふうではあるが、そこに描かれているのはどう見てもドイツ軍の自走砲であるⅣ頭突撃戦車 ブルムベアだ。タミヤからブルムベアのプラモデルが発売されたのは1976年。『こち亀』2巻が発売されたのが1977年9月で、2巻3話の「12月24日雪…」はタイトルの通り1976年の年末に掲載されたエピソードだ。プラモデルの発売タイミングと劇中に登場するタイミングがきっちり噛み合っており、秋本氏もブルムベアを買ってたんだろうな……と想像も膨らむ。
ホビー回で取り上げられることも多かった「フィギュア」でも全コマ検索してみたところ、こちらの初出は1987年1月に発売された44巻の4話。80年代から90年代にかけてはまさに『こち亀』のマニアックさがフルパワーになっていた頃で、この時期は単行本の表紙でも両津が当時最新のカスタムガンなどを構えていたりする。1987年といえばガレージキットの黎明期から数年が経過した頃で、マニアはともかく一般層には「フィギュア」という言葉はさほど浸透していなかったはず。そういった時期から特に意味の説明もなく劇中でバンバン使っていたわけで、『こち亀』のホビー方面への感度の鋭さはさすがである。
ちなみに個人製作のキットを指す「ガレージキット」という単語は1986年刊行の40巻3話が初出。この回は賞金目当ての両津がプラモ改造の鬼才「松山ブラザーズ」と造形で競い合うというエピソードで、当時のモデラーの雰囲気がよく伝わってくる内容となっている。80年代半ば、ガレージキットがまだ限られたマニアだけがアクセスできるものだった時期に、ジャンプというメジャー少年誌でここまで濃厚な内容を載せた『こち亀』のマニアックさはやはり随一だ。
『Kamedas』がマニアに与えた衝撃

もうひとつ、ホビーと『こち亀』という点で忘れてはならないのが、『Kamedas』の刊行だ。これは1993年に出版された書籍で、正式タイトルは『こちら葛飾区亀有公園前派出所大全集 Kamedas』。タイトルは集英社が刊行していた現代用語辞典『imidas(イミダス)』に因んでおり、「大全集」の名の通り『こち亀』のキャラクターやストーリー、はたまた作中に登場するさまざまなトピックについてまとめた公式データベースだ。総ページ数684P、当時刊行されていた76巻までの内容が圧縮された、まさに『こち亀』の基礎資料である。
この中に掲載されていた「Toydas」のページは、ホビー系のマニアにとっても重要なものとなった。この項目では玩具収集という趣味の魅力や集め方の解説に始まり、戦後から1993年までの日本の玩具史、G.I.ジョーに始まるアクションフィギュアの発達史、さらにファッションドールやプラモ、ラジコン、ガレージキットなど、さまざまなジャンルの情報がまとめられている。
特に、50年にわたる日本の玩具史をまとめたページは、簡潔ながら充実している。このページでは、第二次大戦後に進駐軍の捨てた空き缶を利用した軽工業として始まり、世界的にも珍しい独自の発達を遂げた日本の玩具メーカーの歴史を解説。詳細かつシンプルにまとまっており、なにより当時、ここまで玩具業界の歴史について的確に書かれた商業出版物は珍しかった。
G.I.ジョーについての解説も充実している。『こち亀』でも特に言及されることの多いオモチャであるG.I.ジョーだが、『Kamedas』ではその出自から解説。「人形といえば女の子のオモチャ」という常識を覆して登場したという誕生の経緯から説明され、さらに国産のニューG.I.ジョー、1982年に小型のアクションフィギュアとして発売されアニメと連動した「地上最強のエキスパートチーム G.I.ジョー」、1984年にタカラから復活したコンバットジョーなど、派生商品についても解説。秋本氏の思い入れを反映したような濃厚さである。
このように『こち亀』登場玩具について濃口かつ簡潔に解説した『Kamedas』は、マニアにとって基礎資料としても有効だった。そもそも刊行された1993年当時は、まだインターネットが普及していない。当時のマニアが日本の玩具メーカーの発達史を知ろうと思っても相当ハードルが高く、それゆえにホビー史の資料としての『Kamedas』の価値は現在では想像できないくらい高かった。『こち亀』についてだけではなく、オモチャのマニアにとっても『Kamedas』は貴重なものだったのである。
こうした諸々を鑑みると、『こち亀』が日本の玩具・ホビーというジャンルに及ぼした影響は、実はかなり大きかったのではないかと思わされる。特にインターネット普及以前、膨大な部数が刊行されていた少年誌にこれらの情報が掲載されていたという事実は、決して無視できるものではないだろう。定量的に計測できるデータはないが、ただ『こち亀』きっかけで「大の大人がフィギュア収集やプラモデル製作に必死になる」ということへの免疫がつき、さらにそういった趣味の道に踏み込んだという人も相当数いるはず。『こち亀』50周年という節目で、この作品がホビー史に残した足跡の大きさに改めて気付かされたのだった。
■書誌情報
『こちら葛飾区亀有公園前派出所 202』
著者:秋本治
価格:693円
発売日:2026年9月4日
出版社:集英社
























