【若林踏の文庫時評】五感を揺さぶる人体ホラー『禍』から、逃避行のバディ小説、創作の裏側を描くアンソロジーまで

若林踏の文庫時評
2026年3月後半(3/16~3/31)発売の文庫新刊から、注目の作品を3冊ピックアップして紹介する。
1冊目は小田雅久仁の『禍(わざわい)』(新潮文庫)。『このホラーがすごい! 2024年版』(宝島社)の国内編第1位に輝いた怪奇幻想短編集だ。小田雅久仁と言えば本同士が交わりあって跡継ぎとなる本が生まれるという奇抜な設定の『本にだって雄と雌があります』(新潮文庫)など、日常をはみ出た先にある奇妙な風景を描いて魅了する作家だ。その小田が怪奇幻想小説の領域に舵を切ると、ここまで恐ろしい短編を書くことが出来るのか、と驚嘆するのが『禍』だ。売れない作家が多目的トイレで本の頁を貪る中年女性と遭遇したことから奇怪な体験に見舞われる「食書」、“髪譲りの儀”という宗教儀式に参加した女性が驚くべき光景を目撃する「髪禍」など、人体の一部を必ずテーマに織り込みながら生理的にぞわっとする恐怖の物語を作り上げている。
怖い話を紹介したところで、今度は反対に胸のすく様な作品をご紹介する。佐原ひかり『ペーパー・リリイ』(集英社文庫)は結婚詐欺師の叔父と暮らす十七歳の高校生・杏と、杏の叔父に騙されたというキヨエが一週間限定の旅に出るという、風変わりなバディものロードノベルだ。杏とキヨエは叔父の金である五百万とともに、幻の百合が咲くという谷間を目指して突っ走る。成り行きで道中を共にすることになった杏とキヨエだが、お互いに惹かれ合う部分があると思えば、分かり合えない部分も出てきて反発し合うこともあるなど、その関係は一言では表せないほど複雑である。だが、その複雑さの中に身をゆだねるからこそ発見できる居場所があり、人生の楽しみ方があることを本書は教えてくれる。
文庫オリジナル作品として東京創元社より刊行されたアンソロジー『作家と編集者』(創元文芸文庫)を取り上げておきたい。文芸誌『紙魚の手帖 vol.22』の特集「作家と編集者」を書籍化したもので、錦見映理子・蝉谷めぐ実・藤野恵美・乗代雄介の四氏がそれぞれ作家と編集者が登場する短編を書いている。冒頭に収められた錦見の「邪悪な香り」は新人文学賞の最終候補となった作家の卵を何とか育てようとするベテラン編集者の話だ。作家と編集者の距離について考えさせるという意味では、収録作中で最も突き刺さる小説になっている。掉尾を飾る「金城(きんじょう)氏」は東京創元社の金城颯という編集者(実在する)と乗代のメールでのやり取りから始まり、小説の語りに関する思索へと移っていく。その広がり様に読者は唖然とするだろう。
■書誌情報
『禍(わざわい)』
著者:小田雅久仁
価格:880円
発売日:2026年3月30日
出版社:新潮社
レーベル:新潮文庫
『ペーパー・リリイ』
著者:佐原ひかり
価格:748円
発売日:2026年3月19日
出版社:集英社
レーベル:集英社文庫
『作家と編集者』
著者:錦見映理子、蝉谷めぐ実、藤野恵美、乗代雄介
価格:836円
発売日:2026年3月30日
出版社:東京創元社
レーベル:創元文芸文庫























