第四境界の“ARG小説”『人の財布』とは? 藤澤仁が「ドラクエ」ディレクターを経て辿り着いた物語表現

『人の財布』『かがみの特殊少年更生施設』など、現実と仮想のあいだに物語を紡ぎ出すARG(代替現実ゲーム)のクリエイター集団、第四境界。
そんな彼らの総監督である藤澤仁(ふじさわじん)が、小説『人の財布 ~高畑朋子の場合~』を刊行したことを記念に、書泉ブックタワーにて発売記念トークイベントが催された。
イベント終了後に、藤澤への単独インタビューが叶ったので、本稿ではその模様をお届けしよう。(各務都心)
藤澤仁が「ドラクエ」のディレクターを辞めて挑んだものは? 第四境界著の“体験型”小説『人の財布』トークイベントレポ
第四境界・藤澤仁が小説版『人の財布』イベントに登壇。体験型物語の執筆秘話やドラクエXコラボ等、境界を越える創作の原点と展望を語っ…「ARG小説」という新しい形
――本書では、テキストとともに写真やウェブサイトの画面も多数掲載されていますが、これはどのような意図なのでしょうか。

藤澤仁(以下、藤澤):今回、「ARG小説」という少し変わったジャンルを打ち出していますが、ARG自体は本来“体験性”のあるものです。つまり、自分が実際に体験してこそ面白さが伝わるものですが、反面「未知の体験をする」ということで、どうしてもハードルが上がってしまう。そこで、ARGならではの物語表現をもっとシンプルに、多くの人に届けたいというのが出発点でした。
そのため、小説として読む中でも、実際にARGを体験しているような感覚を得られるようにしています。読者がサイトを調べたり、小物を確認したりするような“疑似体験”を促す意味で、画像もふんだんに取り入れています。
「人の財布」で言えば、もし本当にその財布を手に入れたら、自分でもこういう行動を取るのではないか――そんな感覚を味わってもらう意図です。書店で購入していただいた方に向けた“特別な体験”も追加しています。
――ネタバレにならない範囲で、物語の中で苦労した部分はどこでしょうか。
藤澤:収録されている「人の財布」に限ると、印象的なのは“体験設計”ですね。
――体験設計、というと?
藤澤:この作品は単なる小説ではなく、購入した方が物語の中に入り込むような体験ができる構造になっています。その部分は、小さなARGがひとつ付属しているようなものです。そこは時間をかけて、丁寧に作り込みました。
――第四境界が掲げている「日常侵蝕」というテーマについて、改めて教えてください。
藤澤:「日常侵蝕」という言葉自体は後から付けたもので、もともとの出発点は、「物語をアートとして表現する」という発想でした。
現在、物語の媒体はある程度固定化されていますよね。漫画、小説、映画、ゲーム、ドラマ――大きく分けるとこの5つに集約されている。それ以外の形式は、なかなか世の中に受け入れられない。
そんな状況に対して、「もっと新しい物語表現があってもいいのではないか」という問題意識がありました。そうして新しい表現を追求していく中で、『人の財布』やARGに行き着いたんです。ただ、ARG自体は僕らが発明したわけではなく、もともと存在していたものでしたが。

――「代替現実ゲーム」と訳されるジャンルですね。
藤澤:そうです。でも、その翻訳が著しく分かりづらい。そこで、もっと直感的に伝わる言葉を探した結果、「日常侵蝕」という言葉にたどり着きました。使い続けていくうちに、共感する人たちもこの言葉を使うようになり、徐々に広がっていった感覚はあります。
「ドラゴンクエスト」『リング』……藤澤仁の創作を支える“体験”
――これまで「ドラゴンクエスト」シリーズでディレクターを務めてこられましたが、その経験は現在の創作にどのように活きていると感じますか。
藤澤:物語そのものというより、「表現の仕方」に強く影響しています。僕はディレクターという役割だったので、シナリオだけを書くわけではなく、ゲーム全体の体験設計を担当していました。関わった『ドラゴンクエストIX』と『ドラゴンクエストX』は、シリーズの中でもかなり異色の作品です。
『IX』はニンテンドーDSでの携帯機タイトル、『X』はオンラインゲームと、それまでの「物語を楽しむ」ドラクエとは異なり、「体験そのもの」を重視した作品でした。そうなると、いつも誰もやったことのないことに挑戦しなければならない。どうすればその体験が人に届くのか、すべてがゼロからの発明になります。
もちろん、堀井雄二さんと一緒に作ってはいましたが、ディレクターとして自分に委ねられている部分も大きかった。その中で、ひとつひとつ発明しながら作っていく経験を長年積み重ねていきました。
その過程で気づいたのは、「自分は物語自体も好きだが、それ以上に “物語の表現方法を発明すること”が好きなんだ」ということです。

「ドラゴンクエスト」を離れた後に手がけたスマホアプリ『予言者育成学園 Fortune Tellers Academy』も、「現実でこれから起こる実際の出来事を予想する」というかなり特殊な表現を試みた作品でした。そうした様々な実験の中で、「物語をアートとして表現する」という考えに至り、それが現在の活動――第四境界へと繋がっています。
――物語を書くこと自体から、表現方法へとシフトしていったわけですね。
藤澤:そうですね。少し不思議な話に思われるかもしれませんが、僕の中では「物語」と「体験」は同義なんです。それが自分から離れた位置にあると“物語”になり、近づいてくると“体験”になる。新しい作品をつくるとき、その物語をグラデーションのどの位置に置くか――そう明確にそう意識していると感じられるようになった瞬間がありました。それが今の活動の根幹になっています。
――ホラーというジャンルの魅力についてはどのように考えていますか。
藤澤:長年「ドラゴンクエスト」に関わってきた中で実感しているのは、「一度信頼を得たIPの強さ」は圧倒的だということです。たとえばドラクエの音楽が流れただけで、「物語が始まる!」という高揚感を覚える人がたくさんいる。IPの力は疑いようがありません。
では、こんなにIPが溢れ返っている時代に、まだIPを持っていない若いクリエイターは何で勝負すればいいのか。その答えのひとつが「わかりやすさ」だと思います。ここでいうわかりやすさとは、「どんな感情を得られるかが、触る前からイメージできること」です。今は供給過剰の時代なので、それが伝わらなければ手に取ってもらえません。
その点で、ホラーは「怖い」という体験価値が一言で伝わる。第四境界の作品にホラーやミステリーが多いのも同じ理由です。立ち上げ当初は無名の存在だった中で、多くの人に知ってもらうために、ホラーやミステリーを作ることが大切だったんです。

――ホラーは昔からお好きだったのでしょうか。
藤澤:物語としてのホラーは好きですが、体験としてのホラーはあまり得意ではありません(笑)。いわゆる“安全な距離”が保たれていることが大事なんです。
いわば「第四の壁」がある状態ですね。それが壊れてしまうと、途端に怖くなってしまう。そう言いながら、今の自分はその“壁を壊す”ような表現を作っているわけだから不思議なものです(笑)。とはいえ、根本的には文学的な作品を好むタイプだったと思います。
――今のお話に通じますが、ご自身のルーツとなった作品について教えてください。
藤澤:ゲーム業界に入る前、毎日小説を書き続ける時期が5~6年ほどありました。平凡な答えに思われるかもしれませんが、その頃に一番影響を受けたのは、やはり村上春樹です。
また、20代の頃に出会った『リング』(著:鈴木光司)にも衝撃を受けました。「こんな世界があるのか」と思った記憶があります。ホラーというジャンルは、文学としては軽く見られがちな側面もありますが、個人的には非常に強い体験でした。
――近年のエンタメ作品で、特に感銘を受けたものはありますか。
藤澤:ゲームになりますが、海外のインディー作品『Her Story』(2015年リリースのアドベンチャーゲーム)ですね。サム・バーロウの作品です。

僕が子どもの頃は、ちょうどパソコンゲームの黎明期で、すでにアドベンチャーゲームが存在していました。当時のアドベンチャーゲームは「言葉を探すゲーム」だったんです。キーボードが前提なので、プレイヤーが言葉を入力して進めていく。しかし、時代が進むにつれてゲームはコントローラーで遊ぶことが主体になり、 “言葉を探す”という遊びは消えていきました。
そんな中で『Her Story』に触れたとき、「ああ、こんなやり方があったのか!」と衝撃を受けたんです。改めてアドベンチャーゲームを作りたいと思いましたし、現在の第四境界の活動にも繋がる大きなきっかけになりました。
――かなり大きな影響を受けた作品なんですね。
藤澤:そうですね。「人生を変えたゲームを3つ挙げるなら」と言われたら、必ず入る作品です。あとは『Demon's Souls』と『どうぶつの森』ですね。
――『Her Story』に比べると毛色が違うように感じますが。
藤澤:いやいや、『どうぶつの森』は本当に革命的な作品だと思っています。「ゲームの目的が生活である」という価値観の転換は、非常に大きな発明でした。
僕はたくさんの作品に触れるタイプではなくて、「これは」と思ったものだけを深く触るタイプなんです。その代わり、強く感銘を受けた作品については、「自分だったらどう作るか」と考えながらものづくりをしてきた人生だったと思います。
書籍で広がる第四境界の物語
――書籍には、もう一編「祭歌の国ハルヴァニア」も収録されています。こちらについても教えてください。
藤澤:今回は「海外で起こった出来事に、現代の自分たちが巻き込まれる」という構造を作りたかったんです。ARGは基本的に「自分が主人公」であることが前提になります。つまり、自分が外国人となってしまうと、日本人の感覚として自己投影が難しくなる。
そこで、日本に住んでいる自分たちがどう巻き込まれるのかを考えたとき、現実的な接点としてビデオ通話――例えば語学学習のようなものが使えると考えました。現代のインターネットは、さまざまな形で人と人をマッチングさせますよね。その「本来出会うはずのなかった人同士が繋がる」という構造自体に、物語の起点があると感じています。
――ARGから小説へと展開されていますが、紙の書籍化にあたって、デザインやレイアウトでこだわった点を教えてください。
藤澤:完全な移植ではなく、あくまで書籍としてどう成立させるかは意識していました。編集の方とも、最初からレイアウトをどうするかはかなり議論しましたね。
『人の財布』は、タイトル自体に強い印象がありますよね。あの“ぞわぞわする感覚”をどう本として表現するか、というところが出発点でした。
その結果、当初の想定よりもかなり“財布っぽい”装丁になったと思います。あの質感や見た目も含めて、体験の一部として設計しています。
――久しぶりの小説執筆という点について、不安はありませんでしたか。
藤澤:正直に言えば、あったと思います。書き上げたあと、「これが面白いのかどうか分からない」という感覚はありましたね。なので、最初は絶対に褒めてくれる人に読んでもらいました(笑)。100%否定しない人何人かに読んでもらって、「面白い」と言ってもらってからようやく大勢に見せる、という段階を踏みました。
ARGはまだほとんど未開拓のジャンルなので、ある意味では何をやっても自分たちが最初の事例になるんですが、小説は違います。長い歴史があって、いわば文豪たちと同じ土俵で評価される世界です。
その中で、自分の書いたものがどの位置にあるのか――あまりに久しぶり過ぎてそれが分からなかったので、自分に自信をつけるステップが必要だったんだと思います。
――読者からの反応で印象的だったものはありますか。
藤澤:「人間の心がないのか」と言われたことですね(笑)。でも僕にとっては、それはむしろ褒め言葉でした。ホラー作品として、不条理さや不気味さがちゃんと伝わっているということなので。
ーー小説の次作の構想はありますか。
藤澤:はい。今回、ARGの体験を大勢の人にしてもらうために『人の財布』を小説化したんですけど、同じく『かがみの特殊少年更生施設』もARG要素を排した純粋な小説として皆さんに読んでもらいたい思いが強いです。ちょっと時間かかるかもしれないですが、いずれは自分で書けたらいいなと思っています。

■書誌情報
『人の財布~高畑朋子の場合~』
著者:第四境界
価格:1,430円(税込)
発売日:2026年3月18日
出版社:双葉社






















