音楽漫画の金字塔『To-y』連載開始40周年で「扉絵集」刊行 上條淳士が象徴的に描く「黒」が意味するもの

上條淳士の『To-y扉絵集 COVERS』が小学館クリエイティブより11月20日に発売された。
同書はタイトル通り、(今年連載開始40周年を迎えた)上條の代表作『To-y』の扉絵を1冊にまとめたもの。また、巻末には“ボーナストラック”として、「吉川晃司×上條淳士」、「HYDE×上條淳士」の対談が2本収録されている(いずれも今回の本のための語り下ろし)。
パンクバンド出身のアイドルが世界を変える
上條淳士の『To-y』は、1985年から1987年にかけて、「週刊少年サンデー」(小学館)にて連載された、音楽漫画の金字塔である。
主人公は、「トーイ」こと藤井冬威。パンクバンドGASPのカリスマ的なボーカリストだったが、あるとき、敏腕芸能マネージャーの加藤か志子に見出され、アイドル歌手としてソロデビューすることに。しかし、インディペンデントなパンクバンド出身の彼は、「作られたアイドル」ではなく、自らの手で全てを切り開いていく「表現者」(アーティスト)として、芸能界の古い仕来(しきた)りや既成概念を打ち崩していくのだった……。
80年代半ばといえば、アンダーグラウンドのロックシーンでは、“インディーズ”ブームが盛り上がりつつあり(この流れが90年代初頭のバンドブームに繋がっていく)、一方、メジャーの音楽シーンでは、いわゆる「アイドル黄金期」がピークを迎えており、この両極端な2つの世界をリンクさせて描いた同作は大ヒット――上條淳士の出世作となった。さらには、それまでの音楽漫画では必ず描かれていた、歌詞や楽器のオノマトペをあえて省く、という革新的な手法などから、「『To-y』以前と以後とで、音楽漫画の表現は変わった」とさえいわれている。
『COVERS』とロックの名盤の関連性
さて、今回の『COVERS』は、前述のように『To-y』の扉絵を集めた画集だが、あらためて1枚1枚を眺めてみると、その「イラストレーション作品」としてのクオリティの高さに驚かされる。

本来、漫画の扉絵とは、雑誌の中における、作品と作品の区切りのために存在するページだが、「作品の顔」という意味で、いささか強引に「音楽」と関連づけていえば、レコードやCDのジャケットに相当するといえよう。じっさい、上條が描く漫画の扉絵は、『To-y』に限らず、レコード・ジャケットにそのまま使えそうなヴィジュアルのものばかりだ。
それはたぶん、“漫画家・上條淳士”のルーツが、既存の漫画作品だけでなく、音楽、映画、文学、モード、写真、絵画など、隣接した表現ジャンルのすべてにある、ということの表われでもあるのだ。
とりわけ、上條の代名詞でもある「白と黒のハイ・コントラスト」のルーツは、ドイツ表現主義、フィルム・ノワール、市川崑作品(『黒い十人の女』など)といったスタイリッシュな映画の映像表現とともに、上條が若い頃によく聴いていた(であろう)ロックの名盤のジャケット・デザイン――それも、白と黒のキアロスクーロ(明暗対比)が強烈なジャケット・デザインの数々にあると私は考えている。
THE BEATLES『with the beatles』、『REVOLVER』、THE ROLLING STONES『Sticky Fingers』、LED ZEPPELIN『LED ZEPPELIN』、PATTI SMITH『Horses』、RAMONES『RAMONES』、THE CLASH『THE CLASH』、『LONDON CALLING』、DAVID BOWIE『HEROES』などなど(その他、ハードコアパンク、ポジティヴパンク系のレコードにモノクロ・ジャケットの名盤多し)。そうしたレコードを毎日繰り返し聴きながら、白と黒のコントラストが美しいジャケットを眺めて、想像(創造)の幅をひろげていた、若き日の上條の姿が思い浮かぶようだ――というのはいささか妄想が過ぎるだろうか。
上條淳士の絵の「黒」が意味するもの
また、前述のように、『To-y』が連載されていたのは、日本でインディーズ・ブームが盛り上がりつつあった頃のことであり(たとえば、NHKが『インディーズの襲来』というドキュメンタリー番組を放送したのが1985年のことであった)、GAUZE『FUCK HEADS』、THE COMES『NO SIDE』、GASTUNK『DEAD SONG』、V.A.『ハードコア不法集会』、『OUTSIDER』といった、同時代の日本のハードコアパンク系のレコード・ジャケットの白と黒のデザインも(とりわけGASPのイメージ作りの面において)、無視はできまい。むろん、これらのジャケットは、主にコストの面でモノクロの印刷にならざるをえなかった部分も少なくないかと思うが、それをいうなら、日本の漫画も、コスト(および「週刊」という短期の刊行ペース)の面から、「白と黒の表現」として進化・発展せざるをえなかったという部分がなくはないのだ。
なお、上條が「影響を受けた漫画家」としてよく名前を挙げる人物の1人に大友克洋がいるが――そして、その大友もまた、白と黒のコントラストが強い絵を描く漫画家ではあるが、どちらかといえば、彼の絵は「白」のイメージが強いのではないだろうか。対して上條の絵は、「黒」が印象的だ。
それはなぜか。あらためていうまでもなく――“PAINT IT,BLACK”――「黒」は、ロックのアティチュードをもっとも象徴している色だからだろう。























