知念実希人 × 梨が語る、モキュメンタリーホラーの可能性 小説の“新たなフォーマット”で広がる世界

現役の医師であり、「天久鷹央シリーズ」などの医療ミステリー小説で知られる作家の知念実希人が、本格的なモキュメンタリーホラーに挑んだ小説『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』と『閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書』(ともに双葉社)が話題だ。
『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』は、スマホサイズの装丁で、メッセージアプリをそのまま読んでいるような一風変わった読書体験ができる作品だ。『閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書』は、インタビュー形式でさまざまな図版や“カルテ”を見ながら物語が進行していく形式となっている。また、二つの作品は相互に補完し合う形になっているのも見逃せないポイントだ。
この意欲的な作品を、『かわいそ笑』(イースト・プレス)や『6』(玄光社)などの作品で知られるホラー作家・梨はどのように読んだのか。知念実希人と梨による初対談をお届けする。(編集部)
梨「戯曲を読んでいるような感覚がした」

――知念さんの『閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書』と『スワイプ厳禁』は現在のホラーブームで注目されている所謂“モキュメンタリーホラー”の形式を使った作品になっています。『かわいそ笑』をはじめ“モキュメンタリーホラー”の作品を手掛け、近年のホラーについて造詣の深い梨さんから、まずは知念さんの作品について感想を伺いたいです。
梨:非常に面白かったです! ふだんはホラーを専門としている書き手からの観点で言いますと、二つの作品が相互補完し合う様な形になりながら、それぞれ独立した物語として怖がらせてくれる点が特に良いと思いました。知念さんの著作では『仮面病棟』(実業之日本社文庫)などの長編作品が好きなのですが、このような「二つの物語が繋がりながら個々の作品としても楽しめる」形になっているのが良いな、と。
知念:ありがとうございます。もともと映像作品のオリジナル企画を打診され、その構成案を書いた際に得た着想が本作のベースとなっています。さらに出版社から「せっかくなので、『閲覧厳禁』のスピンオフ作品を豆本のような判型で出しませんか?」というお話をいただいたのですが、「豆本形式のホラー作品は他にも出ているので、何か別の判型で出来ないかな?」と考えまして、レシピ本などで良く刊行されているハンディサイズの判型の試作品ができあがったんです。僕の持っているスマホと同じサイズだっとので、「スマホに見立てた本を作るのはどうだろうか」という発想に至ったんです。
梨:なるほど。映像作品がベースにあるというお話を伺って納得しました。二つの作品を読んでいると、小説を読んでいるというより戯曲を読んでいるような感覚がしたんです。
知念:それは普通の小説作品とは違って地の文がないからだと思います。今回の作品を書くに当たってイメージしたのは『search/サーチ』というパソコン画面上のみで展開するホラー映画でした。あのような感覚を本の形に落とし込むために、地の文を使わず図版やイラストなどを挿入して、どこまで物語を構築することが出来るのかを試しました。
梨:地の文を書かずに作品を書きあげようとするのは大変ですよね。特にミステリ作品では地の文に伏線や手がかりを仕込んで驚かせることが多いと思うのですが、そういったミステリ作品をずっと手掛けてきた知念さんからすると、地の文を封印して執筆するというのは苦労された点も多かったのではないでしょうか。

知念:確かに苦労した部分もありましたが、それ以上に新しい試みが出来たと思えたことの方が大きかったですね。ふだん小説を書く際は一人称視点ないしは三人称視点で書くことが多いのですが、それぞれの視点を採用した際にミステリとして出来る技が違ってきます。それと同じで、地の文を完全になくした記述形式だからこそ出来る新しい仕掛けも生まれてくる。地の文がない作品の特徴の一つとして「読者が想像する余地が他の記述形式よりも多い」という点があると私は思うのですが、ではそこに何かミステリ的な仕掛けを仕込むことは出来ないかな、と考えました。小説の文章についての話になったので、ちょっと梨さんにお伺いしたいことがあります。梨さんの作品を読んでいて思ったのは文章がかなり凝っているな、ということでした。「ひょっとすると梨さんは純文学がお好きなのかな?」と感じたのですが。
梨:はい! おっしゃる通り大好きです。
知念:あ、やっぱりそうですか。特に『自由慄』(太田出版)を読んでいる時に思ったのですが、文章へのこだわりが感じられる部分があったんですね。その裏にはおそらく純文学への嗜好があるのではないかと考えていたので、お好きだと伺って納得しました。
知念「モキュメンタリーはリアリティが大切」

――地の文がない“モキュメンタリーホラー”の形式にミステリ的な仕掛けを入れる話が出ましたが、『スワイプ厳禁』と『閲覧厳禁』を続けて読むとホラーとミステリ、双方のファンが満足できるような読者体験が出来ると思います。
知念:『スワイプ厳禁』は『閲覧厳禁』の前日譚になりますが、最初に梨さんが仰ってくれたように二つの作品はそれぞれ独立したものとして楽しめるように作りました。『スワイプ厳禁』を読み終えた後に謎がもやもやと残る感覚に陥ると思いますが、現実が侵食されていく怖さを味わったまま終わるという点でホラーとしては立派に仕上がっていると思います。でも「ミステリの要素を入れる以上、作中の謎はすべて解決されて欲しい」とミステリが好きな読者は思うはずなので、特にミステリの読み心地を強く求めている人は『閲覧厳禁』まで通して読んで欲しいと思います。
梨:ホラーとミステリの融合的な作品を書く際に難しいのは、「分からない怖さ」を取るのか、「分かった上での怖さ」を取るのかという点かな、と個人的には考えています。ホラーで描かれる怪異は正体が分からないからこそ怖いと感じるのですが、謎が解かれていくという物語構造を持つミステリの要素を入れると、ホラーとしての怖さをどこまで損なわずに書けるのかというのは両ジャンルの融合を試みる上での大きな課題になっているのではいかと。その点、『スワイプ厳禁』と『閲覧厳禁』が良いのは「分かった上で怖い」んですよね。謎が解かれてもホラーとしてのエンタメ性が全く失われないところが素晴らしいと感じました。
知念:おっしゃる通り、ホラーとミステリの融合においては回答を出すことで怖くなくなってはいけないと思っています。ミステリの構造上、ふつうは物語の最初に謎が提示されますが、「こういう不思議な出来事が起こっています」という謎自体が恐怖を生んでいることが多い。その怖さを味わいつつ、ミステリとして最終的に提示する回答にも「本当はこんな怖いことが起きていたんだ」と思わせるものがあれば、それはホラーとミステリの融合として成功していると言っていいはずです。あと、モキュメンタリーホラーの場合、読者を物語に巻き込む形にできる点がミステリと融合させやすいのでは、という考え方もあると思います。梨さんもご自身の著作で試みておられますが、読者を物語の当事者として巻き込むことで恐怖を引きずるような終わり方をするように書かれている。
梨:そうですね。でも出版物におけるモキュメンタリーホラーでも怖さを出すのに難しい部分があります。そもそもモキュメンタリーホラーの形式は、どちらかというとインディーズとの相性が良いもので、「誰が作ったのか分からないものが、出所不明で世の中に出回っている」というリアルな怖さが肝になっています。しかし商業ベースで出版されたものですと「でも、これは出版社の編集や校閲の目が通っているんでしょう?」と突っ込みが入ってしまうので、リアルな怖さというのが控えめになってしまう可能性もある。実は「リアルな怖さ」を担保するための工夫も『スワイプ厳禁』と『閲覧厳禁』ではしっかりとされていますよね。
知念:はい。例えば『閲覧厳禁』には診療情報提供書が挿入されているのですが、これは別にオリジナルのデザインではなく、私の病院でふつうに使っているカルテのフォーマットをほぼそのまま使っているんですよ。そのほかにも『閲覧厳禁』には医学に関する情報がふんだんに盛り込まれていますが、それもふだん私が仕事上で目に通している論文などから得た情報を書いています。モキュメンタリーはリアリティが大切だと思っているので、自分なりにリアリティを担保できるような工夫を盛り込みました。カルテや医学の情報でリアルな感覚を出せるというのは、やはり医師である自分にしか出来ない演出方法だと思ったので。

梨:工夫という意味では、『スワイプ厳禁』も『閲覧厳禁』も文字のフォントを細かく変えたり、ハイライトで重要な情報を示したりするなど、読みやすさに配慮を行っている点も感心しました。先ほど商業ベースにおけるモキュメンタリーホラーではリアリティを担保するのが難しいという話をしましたが、「テキストを敢えて読みづらくする」というのもリアルを担保する手段としてあります。例えば敢えて誤字を入れてみたり、普通ならば段落を改行するところを敢えて詰めてみたり、というようなものです。しかし、これをやればやるほど、今度は小説としては読みづらくなるという弱点が発生してしまう。その点、知念さんの作品は読みやすいように工夫されていて、テキスト自体はしっかりしていながら「こう読み進んでいけば大丈夫ですよ」と、さりげなく読者をリードしてくれるような導線を敷いている。この点はリーダビリティを意識された上でのことなのかな、と思いながら読みました。
知念:それは全くその通りです。私は『放課後ミステリクラブ』(ライツ社)という児童向けミステリシリーズも刊行しており、読者には小学生もいます。ですから『放課後ミステリクラブ』以外の作品でも「小学生でも読める文章」というのを心掛けているんです。今回の本も出来得る限り文字による情報量を削って読みやすさを優先しました。
梨:なるほど。『スワイプ厳禁』と『閲覧厳禁』をヤングアダルト層が読んだ時の反応を思い浮かべると楽しみですね。特にふだん本を読んでいない若年層がこの作品を読んだ時にはテンションが上がるというか、忘れられない読書体験になると思います。『スワイプ厳禁』などは持ち運びやすいですし、例えば学校における朝の読書時間で読むには分量的にもちょうど良いのではないでしょうか。
知念:いま梨さんが仰ってくれたように、『スワイプ厳禁』と『閲覧厳禁』はあまり小説に親しんだことが無い人にこそ楽しんでもらえるような本を目指して作りました。先ほど小説における地の文の話が出てきましたが、ふだん小説に読み慣れている人ならば地の文を読んで情景を思い浮かべるような読書は出来るかもしれない。でも、小説をほとんど読んだことがない人には、そういう読み方はかなりハードルが高いと思うんですよね。読書人口を増やすにはどうすれば良いか、という議論は絶えませんが、ふだん小説を読んでいない人にも手に取ってもらえるよう間口を広げるには、そうしたハードルを下げる必要があると思っています。だからこそ今回の作品ではイラストとハイライトや太字などを入れた最低限のテキストを追うだけでも楽しめるようにしたんです。
「色々な才能が集まることで小説の裾野はまた広がっていく」

知念:最近、「小説をスマホで読む」という文化をどうやって作っていけばよいのか、ということを考えています。漫画については隙間時間を使ってスマホで読むという習慣を作り上げて、読者を広げることに成功していますよね。でも、文章をダラダラとスマホで読み続けるのは厳しいです。だからこそスマホで小説を読むという習慣は根付かないのですが、だからといって小説の読者が広がらないままなのは寂しい。昔、いわゆる“ケータイ小説”ブームがあったと思いますが、あのように本を読んでくれる人口が増えるようなムーヴメントが作れないものかな、と思っています。
梨:かつてインターネットで「赤い部屋」や「ウォーリーを探さないで」といったホラーフラッシュと呼ばれるコンテンツが流行した時期がありました。ユーザーを怖がらせるようなギミックを仕組んだコンテンツでしたが、あれが現在で言うところの体験型ホラーにも通ずるところがあったんですね。同時に小説を読まない層にもホラーコンテンツを訴求できた例だと思っています。デザイナーやイラストレーターなど小説家以外の人も巻き込んで、小説を楽しむ新たなフォーマットを作っていく感覚が『スワイプ厳禁』や『閲覧厳禁』にも込められている気がします。
知念:先ほども述べた通り『スワイプ厳禁』の文章量はそれほど多いものではなく、その気になれば文章じたいは二週間ほどで書けてしまうものなんですね。だからこそ一度フォーマットを作ってしまえば、ホラーやミステリだけではなく様々なジャンルのものを比較的短期間で多く書けると思います。もっと言えば小説家以外の人にも書いてもらって、小説を読むことだけではなく書くことのハードルも下げることが出来れば良いかな、と。皆が参加しやすいものを作って、そこに色々な才能が集まることで小説の裾野はまた広がっていくものだと思っています。このような試みを来年から再来年あたりにかけて力を入れていければと考えています。
梨:新しい小説のフォーマットの中で知念さんがまた驚く様なものを作ってくれることを楽しみにしています。

■書誌情報
『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』
著者:知念 実希人
価格:499円
発売日:2025年8月20日
出版社:双葉社
『閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書』
著者:知念 実希人
価格:1,760円
発売日:2025年9月18日
出版社:双葉社

























