『宇宙戦艦ヤマト』松本零士は原作者ではなかった? ”戦艦大和”を甦らせたアニメ史に残る功績

「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの新作映画『ヤマトよ永遠に REBEL3199』第四章「水色の乙女(サーシャ)」が10月10日に公開される。
『宇宙戦艦ヤマト』が最初に放送されたのは1974年のこと。当時のアニメといえばロボットものや子ども向け娯楽が主流だったが、ヤマトは違った。地球は放射能で汚染され、人類滅亡まであと一年、唯一の希望は14万8000光年彼方のイスカンダル星から放射能除去装置を持ち帰ること、という壮大かつシリアスな物語で、若者たちが戦艦大和を改造した宇宙戦艦に乗り込み、絶望的な戦いと旅に挑む、というストーリーだった。
同時間帯には子どもやファミリー層に人気のアニメ『アルプスの少女ハイジ』が放送されていたこともあり、視聴率的には決して大成功ではなかったが、再放送や映画化で人気は爆発。「アニメは子どものもの」という常識を覆し、のちのアニメブームの火付け役となった。ささきいさおの主題歌は今も歌い継がれている。
時を経て2012年には完全リメイク『宇宙戦艦ヤマト2199』が公開。旧作をベースにしながら現代的なSF設定や人物描写を補強し、女性キャラの活躍や政治的な背景を加えたことで新世代のファンを獲得した。その後も『2202』『2205』、そして現在進行中の『REBEL3199』へと連なるリメイクシリーズは、ヤマトを単なる懐古作品ではなく、今も進化を続ける現役の物語にしている。
なぜヤマトはこれほど長く支持されたのか。一つ目は、物語が“普遍的”であること。「人類滅亡まであと一年」「生き延びるための旅」という設定は時代を問わず観る者の胸を打ち、犠牲や希望といったテーマは学生から社会人まで広く共感を呼んだ。
二つ目は、ビジュアルの力。戦艦大和が宇宙を翔けるというアイデア自体が強烈で、日本人の戦後意識に深く突き刺さる敗戦の象徴であった大和が“希望の船”に生まれ変わることは、特に戦後世代にとって特別な意味を持った。
三つ目は、リメイクを通じて常に現代的アップデートを果たしてきたこと。旧作ファンの郷愁を守りつつ新しい観客に合わせて描写を刷新した結果、親子二世代、さらには孫世代までもが同じ作品を楽しめる稀有なシリーズとなった。
ところで、ヤマトを「松本零士の代表作」と思っている人も多いだろう。だが実際は、『宇宙戦艦ヤマト』は西崎義展プロデューサーを中心に、シナリオライターの藤川桂介やSF作家の豊田有恒らによって企画されたテレビアニメのオリジナル作品である※。松本が参加したのは企画が進んだ後で、当初は「美術設定」の担当にすぎなかった。しかし、その後の松本の関与は極めて重要で、戦艦大和を宇宙戦艦として蘇らせるデザイン、古代進や沖田艦長、森雪といったキャラクター造形、さらにはガミラス帝国や宇宙空間のビジュアル世界の具体化など、ヤマトの外観と雰囲気を決定づける仕事をほぼ独力で担ったと言える。
また、松本はアニメと並行して漫画版『宇宙戦艦ヤマト』を雑誌に連載し、後の白色彗星帝国編などを手掛けたことも、一般に「原作=松本零士」という印象が強く残った理由だろう。ともあれ、正確には原作者ではなく、ヤマトの物語の骨子はすでに西崎や藤川らの手で存在していた。とはいえ、松本の存在がなければあの宇宙戦艦ヤマトのビジュアル的迫力や記憶に残る世界観は成立しなかったのは間違いない。
『宇宙戦艦ヤマト』は日本アニメ史において特別な存在。オリジナル版はアニメの社会的地位を押し上げ、リメイク版はアニメ文化を世代間で共有する橋渡しをしている。ヤマトの物語はこれからも新しい世代の胸を震わせ続けることだろう。
※1990年代後半、松本は西崎を相手に「自身が『宇宙戦艦ヤマト』の原作者である」といった旨の訴訟を起こし敗訴している。その後和解となったが、『ヤマトよ永遠に REBEL3199』他、2025年9月現在シリーズのクレジットは「原作:西崎義展」となっている。
【写真】『宇宙戦艦ヤマト』の貴重な原画も 『「銀河鉄道999」50周年プロジェクト 松本零士展 創作の旅路』






















