『メイドインアビス』なぜ読者の心に“強い負荷”をかけ続けるのか? 先の読めない冒険譚の魅力

※本稿は『メイドインアビス』のネタバレを含みます。
つくしあきひとの漫画『メイドインアビス』シリーズから受ける“負荷”がますます強くなってきた。8月1日発売の最新刊『メイドインアビス14』(竹書房)でアビスを降り続けて来たリコたちの一行が、敵ともいえる存在にぶちあたってナナチが負傷し、行き手を阻まれ激しいプレッシャーを受けている。降りるほど増す危険に心はもうドキドキ。けれどもそれが未知へのワクワクとなってその先へと読む人の心を向けさせる。
ナナチが虫の息だ。『メイドインアビス14』の始まりでナナチは激しく傷ついて、今にも死にそうな状態に陥っている。前巻『メイドインアビス13』の中でアビスの第6層を進んでいた時、突然現れた巨大な生物に食われるようにしてさらわれたもので、激しい戦闘を経てどうにか奪還したものの状況は芳しくない。
「んなぁー」という口癖と、モフモフの体と良い匂いで愛される『メイドインアビス』きっての人気者がどうしてそのような悲惨な状態に? そこにこそ、深界へと降りていくほどに増していくアビスの怖さがあって、展開を追う人の心にこれ以上読んでも良いのだろうかといった負荷をかける。
TVアニメの第1期に続いて公開された長編アニメ『劇場版「メイドインアビス 深き魂の黎明」』(2020年)で「黎明卿」ことボンドルドの妨害をくぐり抜け、第六層へと足を踏み入れた主人公の少女リコやロボットの少年レグ、元は人間だったがアビスの呪いで肉体が変化したナナチたち一行は、TVアニメ第2期『メイドインアビス 烈日の黄金郷』で「成れ果て村」へとたどり着く。そこで、ファプタという名の「成れ果ての姫」と出会い、連れだって旅を続けることになる。
そこからの原作で、リコたちは罠を張って待ち受けていた猫のような顔をしたニシャゴラや、こちらは人間の女性テパステと出会い、ニシャゴラのお頭のところへと連れて行かれる。そのお頭が、探窟隊『呪詛船団(ヘイルヘックス)を率いる「白笛」で、「神秘卿」と呼ばれるスラージョだった。
「白笛」というからには、2メートル超えの長身と怪力と大人げない言動が目を引いた「不動卿」オーゼンや、優しそうに見えてやっていることは極悪非道なボンドルドに並ぶ“異常者”かというと、これが意外にも統率力や指導力を備えた姉御肌の女性といった感じで、オーゼンやボンドルドのようなヤバさが感じられない。自分の作った料理の味付けが足りていなかったことを指摘されると、ガチで凹むところなど可愛らしくて好感が持てる。
それでも、あのボンドルドと祈手(アンブラハンズ)の面々を相手に一戦交えて、深界六層へと抜けたあたりはやはりただ者ではない。「生まれながらの成れ果て」で、アビスの中で生まれる者の中に現れるものの、多くが生まれてすぐに処分される獣相の者たちを部下にしているところに、「白笛」ならではのこだわりを感じ取れる。
リコたちはそんなスラージョと出会って、一般には隠されていた獣相の秘密を知り、そして『ハリヨマリ集』と呼ばれるおとぎ話や童謡が、アビスの真相を伝えるものであることを知る。そして、『ハリヨマリ』の原典を見つけ出し、『奈落の底』へと生きたまま潜るために必要な情報を得ようとしているスラージョと行動を共にすることになる。
スラージョはもちろん、『呪詛船団』に所属するニシャゴラに鬼のような顔をしたヤタラマルといった新登場のキャラクターたちの誰もが魅力的。そして、新しく綴られていく物語が、アビスへの認識を確実に広げていく。少しのミスが死につながる過酷さと、ドラゴンやミノタウロスといったファンタジー世界でおなじみのモンスターとはまったく違う異形の怪物たちが跋扈する目新しさも、先を見えなくして読者を離さない。それが『メイドインアビス』の魅力だ。
ちょっとした大所帯となって移動を始めた一行が深界七層を視野に入れる場所に来た時。何かが現れナナチを捕らえてさらっていく。それが、『メイドインアビス13』の中盤での出来事。そこから、ヤタラマルの戦闘力が炸裂し、シェルミとメナエという双子の少女たちも不思議な力を発揮して、『呪詛船団』が「白笛」に率いられた最強クラスの探窟隊だということを思い知らされる。
もっとも、怪物からどうにか助け出されたナナチはズダボロで、どうにか一命は取り留めたものの足が深く傷ついていて、これからの旅が大丈夫なのかと不安にさせる。さらに謎の狙撃手が現れレグとニシャゴラを襲う。テパステが本来所属していた「巫女勢」の一員らしい。そんな敵を相手にしたやりとりの後で、テパステが巫女について語り始め、そしてかつてテパステを連れていた「黒笛」の探窟家、クラヴァリが登場する外伝「ハワユードコカ」のエピソードが本編と重なり合ってくる。
クラヴァリとは、深界六層に降りた時にリコたちが出会った遺体の人物。死してなお威厳を保っていた彼はいったい何を成したのか。『メイドインアビス14』のラストでテパステが語る、「『禍文』のことを知ってなお、ただひとり探窟家としてぼくたち側についてくれたヒト」の意味が明かされるこれからの物語が大いに気になる。
謎が解けても新たな謎が現れ、そして怪物たちはますます強くなる。ナナチを襲ったテンマクなどは数十メートルもある巨大さで、それでいて存在を察知させない能力を備えてアビスを行き交う者たちを襲撃する。この先でさらに強大な怪物たちが現れるのか。それらとどう戦うのか。恐ろしさと興味深さが入り混じった感情にとらわれる。
レグが幻視した自分と同じような格好をした少女で、「お兄様!目を見て!おねがい、キリーニアごと…!」と叫んだ誰かとの経緯も気になるところ。そうした謎への答えが明かされ、『メイドインアビス』の細部まで考え抜かれていた世界の真実が語られていく展開の中で、上れば肉体や精神に負荷がかかるアビスの呪いとは反対に、降りれば降りるほどドキドキ感が増して押しつぶされそうになるだろう。上昇負荷ならぬ下降負荷に読者は、そして制作が発表されたアニメの新シリーズの視聴者は苛まれていくことになるのだ。
2026年公開の劇場アニメシリーズ第1部『メイドインアビス 目覚める神秘』は、リコとスラージョの深界六層での出会いと激しい冒険が描かれることになりそう。そしてもうひとつ、新しく公表されたビジュアルに描かれているように、いよいよテパステとクラヴァリの登場がありそうだ。「ハワユードコカ」が遂にアニメとして動き出すということで、2人の声を誰が演じるのかが今は気になる。それはスラージョや『呪詛船団』の面々も同様だ。
なにより仲間に加わったファプタが、リコに巻き付いたり丸まったりする姿を見られるようになるのも楽しみだ。ナナチに勝るとも劣らない可愛らしさを見せてくれるだろうから。

























