町田啓太はいかにして“カリスマ的ギタリスト”を演じきったのか? 『グラスハート』で聴かせた“低い声”の魅力

町田啓太『グラスハート』の演技を読む

「スタジオワーク等ですでに技術には定評のある高岡尚(G)」

 これは“ロック界のアマデウス”と称される天才作曲家・藤谷直季が結成するロックバンド「TENBLANK」のメンバーであり、名ギタリスト・高岡尚について、若木未生による原作ライトノベル『グラスハート』に書かれた客観的記述だ。「スタジオワーク」とは、レコーディングスタジオでの作業のことだが、アーティストを演奏でサポートする(スタジオ)ミュージシャン仕事と理解しておく。ポップス史にはビーチ・ボーイズのレコーディングをサポートしたベーシスト、キャロル・ケイなど、スタジオワークを数多くこなした先駆者的レジェンドが存在する。サポートに回るからといって、ミュージシャンとして地味な立ち位置であるわけではない。中には熱狂的なファンを持つ人もたくさんいる。

 ブルーズ・ロックといえばのエリック・クラプトンのライブを長年支えてきたギタリスト、アンディ・フェアウェザー・ロウはレジェンダリーな代表格(最近は2025年のクラプトン来日公演でもすっかり常連のドイル・ブラムホール2世)。ぼくが実際のライブ仕事で同じステージを踏んだ経験がある日本人ミュージシャンなら、B'zのサポートメンバーとしてお馴染み、川村健の鍵盤(キーボード)プレーには、箱推しと同時に川村オンリー推しのファンがかなりいる。TENBLANKのドラマーになる主人公・西城朱音にいたっては、「Z-OUT」のサポートメンバー時代から「高岡って名前ひとつであたしはよろっと目眩をおこした」くらい推している。

 原作に心底惚れ込み、映像化を夢見た佐藤健が、企画者としてパイロット盤まで制作したNetflix配信ドラマ『グラスハート』では、高岡のサポートミュージシャンとしてのカリスマ性を冒頭場面から強調する。第1話冒頭、俯瞰のカメラがフェス会場をかけ抜け、ワンショット目から町田啓太演じる高岡のギタープレイが炸裂。さらにカメラはZ-OUTのメンバー(ボーカルのレージ役を山田孝之が演じている)としてステージ上にあがる高岡を下から極端なローアングルであおる。それを見る視聴者はひれ伏すしかない。一目瞭然、カリスマ的なサポートメンバーの魅力が、町田の佇まいと流動的なカメラワークによって打ちだされ、原作の記述を端的に凝縮する。

町田啓太がオートチューナー搭載楽器のようにギタリスト役を奏でる

 宮崎優演じる朱音がTENBLANKのドラマーとして、藤谷の自宅に出入りするようになる第2話。元気よく玄関に入った朱音はちょうどシャワーから上がった風の高岡と鉢合わせる。首からかけたバスタオルで頭をふきながら、ひらりとかわしてみせる町田のしなやかな演技。その場で身動きがとれない朱音は「高岡尚がいる日常」と興奮を抑えてぼそり。原作ではもっと激烈な性格に造形されている朱音よりは少しさらっとしたリアクションではあるものの、カリスマ的ギタリストと同じ空気を共有するラフな交流が有機的に表現されてはいる。

 高岡は、時に天才をむきだしにする藤谷直季(佐藤健)の尊大さを抑え込みつつ、どこか寒々しい顔してしっかり釘も刺す、バンド全体の調整役でもある。成熟したミュージシャン像を体現する町田の演技は非の打ち所がない。会話調の心情描写が作者固有のテンポ感で混在する原作の地の文に高岡の人間性を二行でまとめる一文がある。「こういうセリフを嫌味ったらしくもなんともなく、大マジメでフツーに、一本調子に、あたりまえっぽく言ってる低い声は、もしかしなくてもあたしの知ってる例のギタリストの声だ」。

 朱音が電話口から漏れ聞こえた声を紛れもない高岡その人だと認識する、原作描写のこの一文を町田がどう咀嚼して役作りに取り込んだかどうかは想像の域を越えないが、画面上を見る限り、町田は「大マジメでフツーに、一本調子に、あたりまえっぽく言ってる低い声」を正確極まりない再現度で表現している。この声の魅力がもはや一つの音響効果にさえなっている。全話全編にまんべんなく「低い声」を行き渡らせ、まるでオートチューナー搭載楽器のように、町田啓太が、ギタリスト役を奏でているかのようだ。

スター俳優のいい声が響く夜の車内場面

 原作の高岡を特徴づける「低い声」を再現するまでもなく、町田は恐ろしいほど安定したトーンをコントロールする、いい声の俳優だ。これまでの出演作でもほどよい低さをふるわせてきた。今やLDH所属(劇団EXILE)俳優の筆頭として、硬柔いずれのキャラクターを演じても町田啓太色に均一化するかのように、演技という表現を高度なカット技術で整形。演技を高精細、高品質を約束する製品化するみたいに。ごく初期の出演作から演技が荒削りになることは決してない。駆け出し俳優役を演じた『美女と男子』(NHK総合、2015年)ではやや粗暴なキャラの中に品格を保ち、「真白」という名前に相応しい誠実キャラをダイヤモンドの輝きにまで練磨、品格と誠実を完璧に兼備した代表的名演の『スミカスミレ 45歳若返った女』(テレビ朝日系、2016年)まで徹底している。

 冒頭場面から借金取りに追われ、服装が乱れたへたれキャラを演じた『女子的生活』(NHK BSプレミアム、2017年)にしろ、『グラスハート』ではTENBLANKのキーボード担当・坂本一至を演じる志尊淳との阿吽の呼吸が、オーガニックな空気感を醸していた。第1話で朝帰りした主人公・小川みき(志尊淳)のために、居候する幼馴染の後藤(町田啓太)が紅茶を入れる場面を見てみる。坂木司による原作ライト文芸小説では「コーヒー、いれたぞ」と雄々しい記述だが、ドラマでは「紅茶、いれたけどー」と台詞が書き換えられることで語尾から余韻がうまれる。それによって町田らしいフランクなお誘いみたいな演技が引き立つ。『グラスハート』の町田の「低い声」にもどこかフランクな余白があり、作品全体を牽引する意味でも、質、量、空気感のどれもがまろやかに調合したフランクな演技の完成形といえる。

 では、本作の町田啓太がきらっと輝く場面は? うーん、全話のあらゆる場面にエモーショナルな瞬間が散りばめられていて迷う。でもやっぱり高岡が運転する場面だろうか。ドラマで車内場面が初出するのは第2話。藤谷が狂ったように鍵盤を叩きまくるスタジオ場面後、朱音を助手席に乗せて高岡が車を走らせる。場面展開は同じだが、原作では10ページ以上にもわたり、実は喧嘩っぱやい性格であることなど高岡本人の口から説明がある。しかも高岡が運転するのはタウンエース。ドラマでは英国の高級SUV車だ。30秒ほどの場面だが、原作で詳述する行間をくぐるように、夜の車内の空気感を町田が控えめに醸す。

 印象的な車内場面は他にもある。ある程度の場面尺で描かれ、屈指の名場面としても評判なのは第9話の雨が降り注ぐ車内場面だが、個人的には第4話でTENBLANKのマネージャーをやめる甲斐弥夜子(唐田えりか)を送る場面の方がいい。場面頭、高岡が助手席に座る甲斐まで左手を伸ばして「ほい」と缶コーヒーをわたす。ツーショットの画面上、上手にぬっと伸びるこの手を見て思い出したのが、クリント・イーストウッド監督作『センチメンタル・アドベンチャー』(1982年)の車内場面。イーストウッドがカントリーミュージシャンを演じる音楽作品である同作では、鶏泥棒を働いた後に夜の車内場面が描かれる。運転手は甥っ子。左ハンドルをさばく。イーストウッドは運転しないが、右側の助手席に座り、一応画面の位置関係としては高岡と同じ。車が発進するなり、イーストウッドが(右手ではあるが)手を伸ばしてわたすのは酒瓶なのだが…。夜の車内場面であり、なおかつ車内を横切るようにぬっと伸びる手。そこにスター俳優のいい声が響く。それだけで音楽ドラマ(映画)はたちまちきらめくことを『グラスハート』の町田啓太もまた証明している。

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