FANTASTICS 堀夏喜、BLドラマ『雨上がりの僕らについて』で魅せる“手の心理描写” パフォーマーならではの演技に注目

堀夏喜『雨上がりの僕らについて』の演技

 池田匡志&堀夏喜W主演で、毎週水曜日深夜24時30分から放送されているBLドラマ『雨上がりの僕らについて』(テレビ東京系)第1話ワンカット目、カメラが下手から上手に移動する。波音が聞こえ、カモメが鳴く。画面奥の海が画面下に水平線を描き、その上方、画面のほとんどを空が占めている。からっと晴れやかだが、雲がさっと斜線を引くくらいの青空。その青空をなでるようにカメラが移動する画面上にある声によるモノローグが響きわたる。

 その声は語頭を晴れやかに勢いよく「覚悟しちゃえば強くなれるんだ。何があってもそれを全部受け入れるって。そしたら何も悩まなくて済むだろ」と言う。らくたしょうこによる原作漫画の一コマ目にもモノローグが読み上げる同じセンテンスが書かれている。原作では出版社で働く奏振一郎(池田匡志)がこのセンテンスを言っていたのは誰だったかと思い浮かべる。でも顔がはっきり出てこない。センテンスの記憶を物語の発端として、ドラマでは声だけが響き、原作では目元が隠れたおぼろげな男性の顔を描く。

 奏と記憶の男性が再会するのはドラマ、原作ともに喫茶店に設定されている。雨の中、奏が喫茶店に入る。入ってすぐ「懐かしいような」と記憶を刺激する匂い。奏が店内を見渡す主観ショットでカメラが下手から上手に動く。男性客が一人座っている。ワンカット目の青空を捉えるカメラ移動と同じことから、どうやらモノローグの声と男性客は下手から上手への移動でリンクする同一人物らしい。冒頭場面は映像作品らしい工夫で、原作の発端を端的に実写化している(上述した青空は主人公たちが高校時代に見ていた景色だったと第1話ラストで示される)。

手の動きで展開するBLドラマ

『雨上がりの僕らについて(2)』

 本作は細やかでわかりやすい映像演出が、原作の美しい要素や抽象的な尊さまで可視化する。男性客は奏の高校の同級生で、今は建設会社で働く真城洸輔(堀夏喜)だったのだが、記憶の中の男性が明示された次は主人公たちの関係性や心理的要素を描かなければならない。とはいえ心理というのは目には見えない。映像上は写らないもの。では実写化作品としてそれをどう見える形にするのか。記憶というこれまた目に見えるようで見えない要素をカメラ移動で視覚化した本作は、主人公たちの関係性や心理を手の動きで具体的に表現する。

 原作では高校時代に奏に密かな恋心を寄せて一方的にその心に蓋をした苦い記憶がある真城に対して、再会した喫茶店で着席もせずに帰ろうとする。「がしっ」と奏の両腕を真城が両手で強く掴む音が文字化されるほど、激しく前のめりになって帰さない。ドラマではひとまず真城と並んで奏が着席。激しく前のめりである真城のキャラ設定は同じ。口を大きく開けて再会を喜ぶ様子を堀夏喜がかなり忠実に再現している。腕を強く掴む瞬間は連絡先を交換するために真城が片手(右手)でさっと引き留める程度に描くのだが、このフィジカルな動きが二人の物理的距離感と心理描写を具体化している。

 腕を掴んだ右手が今度は他の場面で空手チョップになる。真城との再会にモヤモヤする奏の頭上めがけ、喫茶店外で待ち伏せしていた真城が右手でチョップするのだ。原作では「ゴン」と書かれているのに対して堀が「チョーップ」と弾ける台詞。その後の店内場面で両手で顔を覆って涙声で自分はゲイだとカミングアウトする奏の両腕を今度こそ真城が両手で掴む。奏は逃げ出し、置いていかれた真城が唖然としてほどかれた両手をテーブル上に固定する。このように本作は基本的に手の動きを追っていけば、主人公たちの関係性や心理、物語の展開すらわかるBLドラマである。そのためには手という細部だけで豊かな演技を成立させられる俳優が必要になるが、堀夏喜こそ、手の動き、そのフィジカルな魅力を存分に発揮できる俳優なのである。

「撮影を重ねるごとに」作品世界を拡張する堀夏喜の脚色的演技

 堀夏喜の演技を映像上で見たのは実は本作が初めてなのだが、先駆けてちょうど先月に熊本千秋楽を迎えたライブステージ『BACK TO THE MEMORIES PART5』神奈川公演(6月25日)を観劇する機会を得た。同ステージは、LDHアーティスト区分としてはJr.EXILE世代に属するFANTASTICSメンバーである澤本夏輝、瀬口黎弥、堀夏喜、木村慧人、八木勇征、中島颯太で編成されたFANTASTIC6による歌芝居。オリジナル劇の合間に往年の歌謡曲パートをサンドする構成力で、“ゆせそた”こと八木勇征&中島颯太のツインボーカルが歌い、パフォーマーたちが各々担当した振付で踊る。公演前半で披露したウルフルズ「ガッツだぜ!!」では舞台下手側に位置して、ゆったり身体を揺らしながらピタッと手拍子する堀の艶やかさが目を見張るものだった。パフォーマーとして表演の緩急を本能的に捉え、何てしなやかなフィジカルなのかと思った。

 この公演で目撃したフィジカルな表現性を踏まえて考えれば、『雨上がりの僕らについて』で真城役を演じる堀が、ほとんど手の動きだけで物語を展開させ、それがいかにパフォーマーとしての特性に裏打ちされているかがわかる。真城が奏の両腕を両手で掴む喫茶店場面は、原作ではまず真城が片手(右手)で掴み恋人握りをして、店外に飛び出した奏に対して窓を開けてさらに右片手で掴むという段階的周到さで描かれる。一方、ドラマでは窓を媒介にする描写はなく、真城も後を追って外に出る。フィジカルな魅力を備える堀なら、むしろ窓を媒介にする原作場面を忠実に再現した方がよかったかもしれない。いや、でもあえて手という細部に限定することなく、もっと堀も身体全体を画面上で浮き立たせるドラマ演出の選択は潔く的確だ。本作タイトルのテーマ性を提示する雨の中、堀のフィジカルな演技がエモーショナルな肉弾戦のように躍動する場面は圧巻。

 深夜帯放送枠のBLドラマは作品尺の都合上、基本的に各話のどこにわかりやすくエモーショナルな盛り上がり場面を配置するかが重要だ。実際に僕はテレビ東京の深夜枠BLドラマ作品の脚本プロット(企画書)を何作か書いた経験があるが、もう少しエモさを際立たせたいなと思う時には原作から抽出した場面に加筆してエモさを濃縮することがよくある。つまり、原作をリスペクトしつつ、実写化作品としてもより尊いと感じてもらえるような脚色が必要なのである。その意味では本作の堀のフィジカルな演技自体がエモさ濃縮還元に優れた脚色的演技と言える。そしてそれは脚色場面問わず、第3話の水族館デート場面のローアングルで際立つ表情や第5話で初キスをする前の喫茶店場面で奏が今度は逆に真城の手に手を重ねる細部など、「撮影を重ねるごとに本当の真城という人間が見えてきている気がします」と番組ホームページ上でコメントする堀夏喜が、原作の作品世界をエモーショナルに拡張している。

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