激闘続く夏の甲子園ーー『ドラフトキング』で描かれた「甲子園の魔物」の正体とは?

甲子園には魔物が棲んでいるーー高校野球ファンなら誰もが耳にしたことがある言葉だろう。高校球児にとって憧れの舞台、甲子園。夢のマウンドに遂に降り立った瞬間に、これまで体験したことのない緊張と高揚が選手を包み込むのだろう。
全国大会常連の伝統校を実力差に劣ると言われるチームが打ち破ったり、それまで好投を続けていたエースが9回に突如崩れ勝利を手放してしまったシーンは珍しくない。ある意味で高校野球の醍醐味ともいえる瞬間だが、選手からすれば魔物に足元をすくわれたと感じたかもしれない。
だからこそ面白く、一寸先に何があるか分からない緊張感、負けたらそこで終わりの一発勝負故のドラマが観客を興奮させるのだろう。
敏腕スカウトマンが主人公という異色の野球漫画『ドラフトキング』(クロマツテツロウ/集英社)でも、甲子園を目指し闘志を燃やすとある高校球児の姿が描かれている。
家族全員の夢を背負うエースの葛藤
口は悪いが独自の嗅覚と確かな審美眼でプロで活躍する原石を見出す、プロ野球チーム横浜ベイゴールズの名物スカウトマン郷原眼力(ごうはらおーら)。ブロッコリーのような髪形に、キラキラネームのような名前が印象的だ。
時に会社の規律を無視してでも自分の探究心の赴くままに金の卵を探し当てる日々のなか、郷原は沖縄の石垣島にあるとある高校の大エース・仲眞大海(なかまおーしゃん)に目をつけていた。
大海の父親は元高校球児。沖縄県大会の決勝で敗れ、夢の甲子園への出場は惜しくも叶わなかった。そんな父親に夢を託された大海に”甲子園の魔物”が取り憑いたのは高校一年生、夏のことだった。
大海には二つ年下の弟、拓海がいた。そう”いた”のだ。幼い頃から兄弟二人で父親を甲子園に連れて行くため野球に打ち込む日々。日本全国どこにでもある青春の風景だっただろう。しかし拓海は、大海が高校一年生の時の夏の県大会準々決勝を応援しに行く途中で交通事故に遭い、命を落としてしまう。(そしてあろうことか試合も負けてしまう。)
「靭帯が切れてでも俺は拓海と甲子園へ行く」ーー。仲眞大海にとって甲子園出場という夢は、弟と交わした不変の誓いになった。身体を大事にしてほしいと思う家族も、チームの監督でさえも、彼の熱に絆され一蓮托生の覚悟を決める。当然ながらチームメイトやその家族の期待もあったろう。エースの肩に乗っかっているものは、想像以上に重いのだ。
全てを賭けても挑みたくなる甲子園の魅力
たった49校しか出場することができない夏の甲子園。3000を超えるチームが参加する中で勝ち上がる為に全身全霊を賭けて目指す、高校球児にとっての聖地、それが甲子園なのだ。
輝かしい舞台であることは間違いないが、その一方で過密な日程や酷暑の中でプレーすることへの選手への負担、怪我のリスク等問題視されている部分も少なくない。
将来を有望視されている投手であれば尚更、高校で負荷をかけ過ぎて将来を棒に振る危険性を鑑みれば「あえて無理をさせない」という考え方もあるだろう。現実にも、2019年当時にプロ注目の逸材として話題をさらっていた岩手県立大船渡高校のエース・佐々木朗希が記憶に新しい。
岩手県予選の決勝で強豪、花巻東高校を相手に勝てば甲子園出場が決まる状況。当時の大船渡高校の監督である國保監督は故障を予防する理由で佐々木朗希の出場を回避した。結果として大船渡高校は2-12で敗れ、念願の甲子園初出場の夢は破れた。エースを決勝に出場させなかった監督の判断に、当時は苦情の声も多かったそうだ。将来のことを考えての判断とはいえ、何が正解だったのかは議論が分かれるところだろう。
話を『ドラフトキング』の仲眞大海に戻そう。作中で大海は怪我を抱えながらも、郷原の助けもあり懸命なリハビリを重ね夏の甲子園沖縄県大会決勝にまで駒を進める。相手は沖縄屈指の強豪、興章実業だ。
仲眞大海は先発として決勝マウンドに立った。その先にどんな展開が待ち受けているのか。結果はぜひ作品本編で見届けて欲しい。
プロ野球セ・リーグでも2027年からのDH制導入が決定するなど、野球界にも変化の波は訪れている。夏の甲子園でも、開催時期など何かしらの変更が今後加えられるかもしれない。
甲子園の魔物=何が起こるか分からない高校野球の魅力が凝縮された空間、とも言える。
本当の意味での「選手ファースト」とは何か。いつの時代であれ最優先されるべきは選手自身がどうありたいか、であると思う。そこに外野が口を挟む余地はない。
甲子園という素晴らしい舞台に上がった高校球児達には、魔物との戦いを乗り切った先に見える景色の素晴らしさを体感して貰いたい。後悔なく全力でプレーし、最高の夏を送れることを願って止まない。






















