宇宙飛行士の環境はどれほど過酷? 藤本タツキ、絶賛の漫画『ありす、宇宙までも』の描写を交えて考察


前述のとおり放射線の被ばくなどの宇宙への航行は身体的なリスクを伴うが、こういった医学的なリスクを『すごく科学的: SF映画で最新科学がわかる本』著者のマイケル・ブルックス氏は「宇宙生活で生じる心理的な困難に比べたらなんでもない」と評している。NASAは実際に火星への移住を想定して複数人を閉鎖空間に長期間置くと何が起こり得るか研究してきたが、その結果は嬉しくなるようなものではなかった。宇宙飛行士には対人問題を起こさないよう知的能力にも人格にも優れミッションを優先する人物が選ばれるが、それでも問題が起きることがある。1973年、スカイラブ宇宙ステーションにいた数名の宇宙飛行士が自分たちは働きすぎだと主張してストライキを行った。1982年には2人の宇宙飛行士が7か月間ほとんど話をしないままサリュート7号に乗船し続けたことがある。「お互いが嫌になった」が理由である。『ありす、宇宙までも』の宇宙飛行士選抜試験ワークショップとマンガ『宇宙兄弟』(講談社)のJAXA採用試験で閉鎖空間で他の候補者と一緒に時間を過ごすというものがあったが、同様のことが現実の宇宙飛行士選抜試験でも実施されている。こういった事情を踏まえると必要な選考過程であることがお判りいただけると思う。
『すごく科学的: SF映画で最新科学がわかる本』に著者のリック・エドワーズ氏が想像を交えて火星へ向かう宇宙船での1日を描いている。以上の内容を踏まえると多少の誇張はあってもかなり簡潔にまとまっていると思っていただけるだろう。
06:00 起床。洗浄力のある布で全身をぬぐう
06:15 朝食。いつもと変わらず、まずい
07:00 宇宙管制センターによる当日用の指示書を読む
08:00 細かい家事(掃除や修理、場合によってはアイロンがけ)
10:00 エクササイズ(筋力低下への無駄な抵抗)
11:00 軽食となにかしらの科学実験(両方ともつまらない)
13:00 昼食(朝食を参照のこと)
14:00 排便。声をたてずにむせび泣く
17:00 エクササイズ、2回目(ジャンプして天井に頭をぶつける)
18:00 夕食(朝食を参照のこと)
19:00 自由時間(地球にいる人とはもう話せないので、優秀なパイロットだった頃の面白秘話を他の宇宙飛行士たちに披露する―何度目かわからないが)
19:10 不思議なことに、他の全員がもう寝るからと早々に引き揚げる。ずっと読みたかった小説を開く
19:20 フェイスブックとツイッター(現・X)をチェック
19:35 窓から外を眺め、地球を探す―何度目かわからないが
20:00 私物のなかに隠しておいた絨毯を取り出して、映画『アラジン』の主題歌「ホール・ニュー・ワールド」を歌う―何度目かわからないが
20:15 就寝。自殺を考える
イギリス人らしいブラックユーモアを含んだ想像だが、実際にこのような単調な生活に8か月耐えられる人間はそういないだろう。宇宙は行くのも過酷、滞在するのも過酷なのだ。そんな危険極まりない環境に旅立つ宇宙飛行士には相応の資質・能力が求められることもご想像いただけるだろう。次項で考察する。

























