最強のおとぎ話「桃太郎」はどうつくられた? 神話・怪異・伝承・史実……ルーツを紐解く

■似て非なる桃太郎の存在
香川県高松市の一地区である鬼無(きなし)にはよく知られるものとは似て非なる桃太郎伝説が伝わっている。

鬼無町の郷土史家・橋本仙太郎氏が1914年に女木島で巨大な洞窟を発見した。洞窟は人工のものであり、紀元前100年ごろにつくられたと推定されている。誰が何の目的で作ったのか不明だが、伝説では鬼が住んでいたとされている。橋本仙太郎氏は鬼無の地名は桃太郎が鬼退治をしたことで鬼がいなくなったことに由来すると主張している。鬼無町の伝説では桃太郎は吉備津彦命ではなく、鬼無の熊野権現に祀られている稚武彦命(わかたけひこのみこと)とされている。吉備津彦命の弟で共に吉備国を平定したとされる人物である。※稚武彦命は吉備津彦命と称されることもあるが、その呼称では一般に兄の彦五十狭芹彦命(大吉備津彦命)を指す場合が多い。
犬、猿、雉の由来は吉備津彦命の家来でも、陰陽五行説に基づく方角でもなく、猿王(綾歌郡綾川町陶)、犬島(岡山県)、雉ヶ谷(高松市鬼無町)の出身者が稚武彦命に仕えたからとのことだ。吉備津彦命とは異なるが、こちらもかなり桃太郎のルーツらしく見える。熊野権現は「桃太郎神社」の愛称で親しまれ、境内には桃太郎と御伴たち、おじいさん、おばあさんの墓もある。神社の近くには「鬼ヶ塚」と呼ばれる鬼の墓もあるそうだ。
よく知られる話と鬼退治の経緯も異なる。絵本などで語られる桃太郎は最初から鬼ヶ島を目指しているが、香川の桃太郎伝説では物語は桃太郎が鬼に苦しめられていた里に旅の途中で立ち寄ったところかろから始まる。桃太郎は里の娘と恋仲になって定住し、猿王、犬島、雉ヶ谷から集まったお供とともに鬼ヶ島に向かう。桃太郎は鬼たちを殺すことなく懲らしめて里に戻るが、鬼たちが復讐に来たので桃太郎はすべての鬼を殺し鬼は鬼ヶ塚に葬られたという。鬼が持っていた宝物の話は香川バージョンの桃太郎には出てこないし、桃太郎は里帰りもしていない。稚武彦命は兄の吉備津彦命(大吉備津彦命)による吉備平定に付き従った際の伝承が各地に残っている。鬼無の鬼退治伝説のルーツはそこにあるのかもしれない。
■鬼はそもそも何者なのか?
桃太郎の起源は吉備津彦命、稚武彦命にある。イヌ、サル、キジの起源は諸説あってはっきりしない。では、鬼の起源はどこにあるのだろうか? 鬼の起源は元を辿ると古代の中国にある。
「鬼」は音読みすると「キ」だが、元は「帰(キ)」で現世に「帰」ってきた霊魂、すなわち幽霊を指していた。また、目に見えないが人に危害を加える病などのことを指し、「鬼(オニ)」は「隠(オン)」がなまったものという説もある。人気漫画『キングダム』に、傷口の応急処置をしながら「傷口に小鬼が入る」と河了貂が言っている描写があった。『キングダム』の舞台は春秋・戦国時代の末期(紀元前3世紀)だが、鬼が悪しきもの全般を指すという思想は古代中国からあったものと思われるので、この表現は当時としては自然なものだったのだろう。節分の豆まきで「福は内、鬼は外」と言うのは平安時代の宮廷儀式「追儺」に由来するがここで言う「鬼」は「病気や自然災害をもたらす悪しき存在の象徴」という意味合いがある。
日本で角を生やした恐ろしい形相の鬼が誕生したのは仏教伝来以降で、そのビジュアルイメージは仏教の守り神である夜叉や羅刹に影響を受けている。夜叉も羅刹も元は邪悪な魔物である。虎の毛皮の腰巻をつけているのは風水の鬼門(鬼が出入りする方角)が、丑寅の方角に当たることから来ている。現在一般的な鬼のイメージが完成したのは、鎌倉時代と言われている。具体的な鬼の伝承と言えば、安達ケ原の人食い鬼や大江山の鬼の首魁、酒呑童子などが有名どころだろう。記録的な大ヒット作になった『鬼滅の刃』の鬼は、日の光の下で生きられない吸血鬼の設定を取り入れたハイブリッド設定だが、鬼が人を食うイメージは安達ケ原の人食い鬼などのイメージに由来するのだろう。

また、「鬼=日本に渡ってきた外国人だった」という俗説もある。岡山県総社市の鬼ノ城には山城の遺構が残されている。歴史書に記録が無いため詳細は不明だが、百済から渡来した技術者が築いた朝鮮式の要塞だったという。吉備津彦命に退治された温羅は百済の王子との伝説だが、そのルーツは朝鮮からの渡来人(外国人)だった可能性がある。古代には勅撰の歴史書に、鬼の出現が記録されている。『日本書紀』に544年、佐渡島に日本列島の北方にすむ種族「粛慎人(みしはせびと)」(アイヌやツングース族を指すなどの説がある)が上陸した際の事件が記されている。島人たちは粛慎人を鬼だと恐れて近づかなかったが、そのうちに島の人間がさらわれてしまったという。戦時中には「鬼畜米英」などというアメリカ人とイギリス人にとっては実に失礼な表現が使われたが、ここに「鬼」の文字が入るルーツは鬼=外国人の俗説にあるのかもしれない。
人気漫画『ミステリと言う勿れ』の映画化されたエピソード「狩集家遺産相続問題」では一族の因縁を脚色を交えて描いた劇中劇の場面があったが劇中劇の「鬼」は文脈からして外国人だったのだろう。前述のとおり鬼は日本に渡ってきた外国人という俗説があるが、『ミステリと言う勿れ』に出てきた鬼はそういう存在だったのかもしれない(劇中で明らかになっていない)。伝承はあやふな部分を残し、多くの解釈の余地がある。鬼の解釈一つとっても多くの姿があるのだ。
「桃太郎」が鬼と友達になろうとしたら?漫画『桃と岩。』がおもしろい
























