最強のおとぎ話「桃太郎」はどうつくられた? 神話・怪異・伝承・史実……ルーツを紐解く

■「桃太郎」にはどんなルーツがある?

誰もが知っているおとぎ話「桃太郎」を下敷きにした人気コミック『桃源暗鬼』のアニメ化が発表された。同じく桃太郎を下敷きにした『ピーチボーイリバーサイド』もアニメ化されており、間接的・部分的に桃太郎を引用した作品となると『鬼灯の冷徹』、『幽☆遊☆白書』などもその範疇に入る。「桃太郎」は単に有名なおとぎ話ではなくフィクションの素材として大いに受け入れられている。今回はアニメ、漫画の題材としてもたびたび登場する「桃太郎」の伝説についてそのルーツを紐解いていく。

桃太郎の伝承に関しては思いのほか書籍が少なく、今回は主に朝里樹 (監修)、えいとえふ (著)『日本怪異伝説事典』を参考にした。桃太郎の伝説は主に岡山県に伝わっているが、香川県など他県にもまたがっており同書のいくつかの項目を参考にした。鬼の由来に関しては小松 和彦 (監修), 飯倉 義之 (監修)『日本の妖怪』、小山 聡子 (著)『鬼と日本人の歴史』を主に参照している。
■イヌ、サル、キジのルーツ
桃から生まれた桃太郎がきびだんごを与えて犬、猿、雉を従え鬼ヶ島の鬼たちを懲らしめる。鬼は「財宝をあげるから命は助けてほしい」と懇願し、桃太郎は鬼から受け取った宝物を故郷に持ち帰る……めでたしめでたし。これがよく知られる桃太郎の物語である。

桃太郎の物語には原型がある。日本神話に登場する吉備津彦命(きびつひこのみこと)が温羅(うら/おんら)という鬼を退治した伝説である。吉備津彦命は『古事記』『日本書紀』によると第7代孝霊天皇の皇子とされ、弟の稚武彦命(わかたけひこのみこと)ともに吉備国(現在の岡山県)を平定したと記録されている。漫画『ピーチボーイリバーサイド』に出てくるキビツミコトの名前の由来である。伝わっている吉備津彦命の鬼(温羅)退治は下記のような話だ。
当時の吉備国では百済の王子・温羅の一族が鬼ノ城を根城に暴虐の限りを尽くしていた。温羅は身の丈4メートルを超える巨体で、妖力を操った。吉備津彦命と温羅の戦いは拮抗したが、吉備津彦命が放った矢の一本が温羅の片目に刺さり、温羅はたまらず鯉に変身して逃げ出した。吉備津彦命は鵜に変身して鯉に嚙みつき、温羅を捕らえて首を刎ねた。首を刎ねられた温羅は首だけになってもうなり声を上げ続け、骨だけになっても声はやまなかった。そこで吉備津彦命はその首を釜殿の下に埋めた。すると吉備津彦命の夢に温羅が現れ「私の妻に神饌を炊かせてほしい。そうすれば釜の音で世の中の吉凶を占おう」告げた。この伝説は吉備津彦命を主祭神とする吉備津神社(岡山県岡山市)の儀式「鳴釜神事」として再演されている。
桃太郎のルーツが吉備津彦命なら、お伴のイヌ、サル、キジのルーツは吉備津彦命の家臣たちにある。吉備津彦命は犬飼健命(いぬかいたけるのみこと)・楽々森彦命(ささもりひこのみこと)・留玉臣命(とめたまおみのみこと)の3人の家来を連れて温羅を退治したと伝わっている。犬飼健命がイヌはわかりやすい。楽々森彦命、留玉臣命についてはこの二人がそれぞれ猿飼部(さるかいべ)、鳥飼部(とりかいべ)という朝廷の役職に就いていたからとの説がある。鳥飼部については「朝廷の求めに応じて、鳥類の捕獲および捕獲した鳥類の飼育・養育に従事した役職」との記録が残っているが、筆者の調査した限り猿飼部という役職はわからなかった。吉備津彦命の父とされる第7代孝霊天皇は実在が定かでないようなレベルの人物である。仮に吉備津彦命の吉備国平定が事実だったとしても、欠損している記録が相当量あると考えた方がいいだろう。鳥飼部が実在したのなら、猿飼部も実在したかもしれない。

岡山市の犬島にも桃太郎に関連する伝承がある。家来の犬は航海術に優れており、桃太郎が鬼ヶ島に渡るのを助けた。この「犬」は「犬島の船乗り」に由来するとの説がある。お伴のイヌ、サル、キジは陰陽五行説により、犬猿酉が鬼門(風水で鬼が出入りする方角)とちょうど反対方向の方角だからという説もありはっきりしない。逆に考えるといくらでも解釈のしようがある。これはフィクションの題材としては都合のいいことだ。桃太郎は知名度の極めて高い伝承だが、知名度が高いことに加えて解釈の余地を多く残していることもフィクションの題材として好まれる理由なのだろう。























