「ささやかな嘘を重ねていました」高瀬隼子 芥川賞受賞から3年を経て感じる心境の変化

高瀬隼子 芥川賞受賞から3年経た心境の変化

「小説を書こうとしているときは心が動いている」

――高瀬さんは、先の市川さんとの対談で「デビューしてから心の一部が死んだおかげで保てている部分がある」と仰っていましたね。いまのお話に通じるように思います。

高瀬:心の一部はすばる文学賞でデビューした2019年からずっと死んでいます。自分を守るための防御反応かとは思うのですが、もう生き返らないのかもしれません。デビュー前はもうちょっと感情的で、一人のときに泣いたり笑ったりしていましたが、デビューしてからはしーんとしたままです。

 いまも目の前に『おいしいごはんが食べられますように』の文庫本がたくさん並んでいますが、すごい感動にプラスして「あんまり喜んじゃダメなんじゃないか」という謎の抑制感情もあって。芥川賞受賞以上に凄いことはきっともう自分の人生で二度とないでしょうし、「おいしいごはんが食べられますように」ほど売れる著書も今後出ないだろうから、きっとこれがピークだと思うのです。でもそれをあまりに自覚すると哀しいし動揺しそうだから、考えないようにして整理している感じです。

高瀬隼子『いい子のあくび』
高瀬隼子『いい子のあくび』(集英社)

――『いい子のあくび』の表題作は怒りが原動力だったと話されていましたよね。となると、感情に突き動かされて執筆に向かうことも減ったのでしょうか。

高瀬:それが不思議と、小説を書こうとしているときは心が動いているんです。自分のことに対しては心が死んでいますが、一旦自分の中から取り出して小説の形にアウトプットするときには感情が戻っている気がします。

――なるほど。感受性の鎧を外す瞬間が「小説を書くとき」に最適化されたのですね。

高瀬:小説を特に集中して書ける時間は、それ以外何も考えていない快感があります。場面によりますが、怒りや悲しみや喜びがほとばしることが実生活で減ってきたぶん、そのゾーンに行けたときの気持ちよさをより感じるようになってきたかもしれません。

――書く以外に、イベントの登壇など人前で話すお仕事も増えてきましたよね。

高瀬:自分が人前に出る仕事があるなんて、そんな馬鹿なと思います。こうやってインタビューを受けているときも「私は何様だよ」と思いますが、目の前に読者の方がいる状態や自分がファンとして読んできた小説家の方と対談する機会に恵まれるとき、心の一部が生きたままだったらとてもやっていられなかっただろうとつくづく思います。心が死んだぶん、滅茶苦茶興奮して緊張しているけれど、そんな自分を俯瞰で見ている感覚を得られて、何とかできています。

 トークイベントなどは、その場で考えて喋った言葉が外に出ていきますよね。読者の方は何も練られていない私の生身から出る言葉に満足して帰ってくれるのだろうか、お金を払って見に来て下さっている機会などは特に、ひとつでも満足を残さねばやばいという不安に常に苛まれています。

――高瀬さんはU-NEXTオリジナル書籍のnoteで『こわいものをみた』連載もされていますが、反響はやはり「こわい」ものでしょうか。

高瀬:イベントの日は帰りの電車や、終わった後すぐのお手洗いの中でエゴサーチしまくりです(笑)。一人でも「面白かった」と書いて下さるとようやくホッとできます。それ以外でも、デビューしてからずっとエゴサーチはしてしまいますね。本1冊を読むのは数時間かかるものですから、仮にポジティブな意見でなくても「申し訳ない、でも読んでもらってありがたい」と受け止めています。

書籍情報

『おいしいごはんが食べられますように』

発売日:2025年04月15日
ISBN:9784065391877
判型:A6
価格:定価:660円(本体600円)
ページ数:160ページ
シリーズ:講談社文庫

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