ガンダム『閃光のハサウェイ』なぜトレンドに? ハサウェイという“特異な主人公”の行動原理

■小説版から読み解くハサウェイの行動原理
『ベルトーチカ・チルドレン』から続く小説『閃光のハサウェイ』では、青年へと成長したハサウェイは精神的なストレスに苛まれている。地球に降下したハサウェイはシャア・アズナブルについて学ぶこととなり、またクワック・サルヴァーと名乗る男から地球の現状について手解きを受ける。「地球の保全」という使命に目覚めたハサウェイは連邦との戦いに踏み出し、秘密結社マフティーの表向きのリーダーとしてテロ活動にのめり込んでいく。
このような経歴を持つハサウェイは、そもそも普通の人間ではない。一年戦争の英雄であるブライトを父に持ち、幼少期〜少年期にかけてアムロやシャアといった超有名パイロットと身近に接してきた経験は、市井の人間に得られるものではないだろう。そして、恋をした少女が大人たちに振り回され、あげく自分のせいで死ぬのを止められなかった/自分の手で殺してしまったという経験も、普通の人生では経験することがないであろう劇的なものだ。
そんな経験を経たハサウェイは、『逆襲のシャア』でクェスを撃ったチェーンに対して「やっちゃいけなかったんだよ! そんなことをわからないから、大人って地球だって平気で消せるんだ!」と怒りの言葉を投げ、自分たち子供を翻弄し、自分のことしか考えてこなかった大人世代に対する強烈な不信を叩きつけている。この「不真面目な大人と、その大人が積み上げてきた世界のシステムに対する強烈な不信」が、『閃光のハサウェイ』でのハサウェイの行動の根本となっている。
このようにハサウェイの経歴、そしてその行動を列挙してみて感じるのは、キャラクターの状況と行動への徹底したシミュレーションが行われている点だ。「こういった出自を持ち、こういった経験をしたならば、こう行動するだろう」という洞察が、飛び抜けた精度で行われている。ブライトの息子という立場に生まれたならば、ニュータイプを間近にみるだろうし、感化されて戦場に出ていこうともするだろう。初恋の少女が大人の行動とその結果の戦争に翻弄され、目の前で死んでいったならば、大人世代全体を恨み激昂もするだろう。そんな経験をすれば自然と市井の人々より広いレンジで物事を考えようとするだろうし、思想も先鋭化するだろう。
そういった想像や洞察が数多く盛り込まれているのが、『逆襲のシャア』から『閃光のハサウェイ』にかけてのハサウェイというキャラクターだと思う。ハサウェイ普通の人間ならば味わわなくてもいい経験を数多く味わうポジションに置かれてしまった人物であり、そうであるならばタクシーの運転手とは話が合わなくて当然であり、読者や視聴者の「感情移入」を拒否して当然なのである。ストーリーの都合や快感に引きずられることなく、冷徹に「こういう立場なら、こういう行動をとるだろう」「こういう経験をすれば、こういう人物に育つだろう」という洞察を重ねてハサウェイというキャラクターを生み出した点に、富野由悠季の凄みを感じる。
ということで、ハサウェイという人物に対して読者や視聴者が素直に感情移入できないのは、ハサウェイは普通の人間が感情移入できるような立場や経験をほとんど持たないキャラクターだからであり、そういった立場にある人間が類例のない生々しさで描かれているからである。それが可能になったのは、想定の上に想定を重ねた結果を高い精度で洞察できる、富野由悠季の極めて理屈ある想像力があればこそだろう。ハサウェイの一筋縄でいかないに部分こそ、富野由悠季による創作物の精度の高さが宿っているのである。





















