西原理恵子「偽札を刷っているような感覚ですね(笑)」 全く絵が上達しなかった漫画家生活35年を振り返る
一本の線に対するコスパが業界一
——西原先生の漫画は、文字も絵の一部になっています。あの力強い絵や文字は、ペンを押し付けて書いているのですか。
西原:漫画が下手な人の典型的な筆圧です。絵が下手な人って、線が太くて、筆圧が強いでしょう? プロの目から言わせてもらうと(笑)、今どきの若い漫画家の線は凄く細くて、上手ですね。私は本当に下手だから、筆圧が強くて、肩も凝ってしまいます。ただ、私は一本の線に対するコスパは“業界一”だと思います。だって、こんなお屋敷が建つくらいだから(笑)。
——確かに、コスパは最強ですね(笑)。
西原:一コマ漫画の原稿料が1本2万円とかですから、1本描けばその日は100グラム800円の肉とか買えてしまう。ほとんど偽札を刷っているような感覚ですね(笑)。それで今日の飲み代が出るんですから、ありがたいことです。10円の原稿用紙と150円のサインペンで2万円。凄いレバレッジで、株の信用買いどころの話じゃないでしょう(笑)。
——西原先生はご自身の強みである絵柄を、頑なに守っておられます。
西原:漫画家の大先輩が、「『鬼滅の刃』みたいな上手な漫画を見て、真似しようだなんて思うな、大けがをするぞ」と言っていました。年寄りは本当にいいことを言うなあと思いましたよ。私は仕事をやりながら、上手くごまかして手を抜こうという“下達”癖があるんです。本当に漫画が上手い人の絵は嫌というほど見ているので、そういうところで勝負しようという気ははなはだなかったです。現状、コスパ最強なので、デジタルを習う時間はもったいないし、ケント紙が消滅しない限りはもうこの画風でいいと思っています。
——西原先生の作風のルーツは、どこから来ているのでしょうか。
西原:私はもともと漫画が好きですが、特に、土田よしこさんのようなギャグ漫画が好きです。3人以上キャラが出てくると覚えられないので、シンプルなショートのお話が好きでした。
——さらに、似顔絵の名手でもあります。
西原:エロ本の仕事をしているときに似顔絵の依頼があって、高橋春男先生の似顔絵を写し描きしていたので、それが練習になっていたのかもしれません。いつか高橋先生に会ったら謝ろうと思っていたら、さっさと引退されてしまいました(笑)。あと、原律子さんの写し描きをしていました。彼女の絵は本当にかっこよくて何度もパクりましたが、一回もバレなかったですね。
下ネタのルーツは出身地の高知県にあり?
——西原先生の漫画は、「コロコロコミック」などの男児向け漫画雑誌に載っている下ネタギャグ漫画を大人向けにした作風、といえるかもしれません。
西原:うんこ、おしっこみたいな、男の子が好きな下ネタ系ギャグは大好きです。変態番付とかも大好きで、横綱変態審議会みたいな人たちの文章の上手さに憧れます。私の漫画は言い回しが面白いと言われるのですが、語彙力が低くて的確な表現ができないから、脳みその中にある適当な言葉を使っているだけ。それを頭のいい人たちが「面白い表現をするね」と勝手に誤解をして、笑ってくれるんです。
——下ネタを打ち出した作風は、どこで育まれたのでしょうか。
西原:エロ雑誌でデビューしていますから、その影響は大きかったかもしれません。あとは、出身地の高知県特有の環境も関係しているかな。土佐の酔っ払いは、擬音の塊で独特な話し方をするんです。酒を飲むとき、まずは政治を馬鹿にする話をして、できるだけ自分を大きく見せて、嘘をついて笑わす。それをつまみに、みんなで宴会するんです。高知県民の宴会は大人の横で子どもが転がって、一緒にご飯を食べている。そして、気前のいい酔っ払いを狙って話しかけると、千円くれるとかね。そんな環境に子どものころから慣れ親しんできましたし、その場で大人の話術を覚えてきました。とにかく、真実はどうでもいいんです。酔っていなくても人を笑わせないといけないのが高知県の文化なんです。
——そのお話を聞くと、先生の破天荒な作風はまさに高知県の風土によって培われたと言っていいかもしれませんね。
西原:高知市にある「ひろめ市場」に行くとわかりますが、あんな酔っ払いばかりのところで女子高生が宿題したりしているんですよ。高知県の子どもは酔っ払いがいても、嫌だと言わないんです。だから、私の漫画は高知の酔っ払い文化の延長にありますね。志麻子ちゃんはお酒に酔っぱらっているんじゃなくて、チンポに酔っぱらっているのかもしれないけれど(笑)。
——そんな西原先生にとって、「週刊大衆」は最高の発表の場ですよね。
西原:「週刊大衆」は本当に大好きです。描いていて楽しいですから。私は“やり逃げ人生”をモットーにしていますが、「週刊大衆」はそのモットーに凄くフィットしている。新聞とかだと、平仮名に修正を入れられたり、こんな表現は使いません、こんな描き方は適さないとか言われますから。その点が自由な「週刊大衆」は最高ですよ。
10年間は締切に追われすぎて、真っ白
——創作意欲が衰えていない西原先生ですが、10年を振り返ってみていかがですか。
西原:締切に追われすぎて、真っ白です(笑)。長い間、今日描いたらやめよう、明日描いたらやめようという繰り返しでしたが、最近はそんなことを考えなくても、少しずつ仕事が減ってきて、肩の荷が下りてきました。若いときはちょっとでも笑って貰おうと思って気合を入れて描いていましたが、今は「どうせ誰も真面目に見ていないからいいや」と、だいぶすれた考えになってきました。
——10年間で、世の中はいろいろなことがありました。
西原:特にネットは殺伐としてきましたよね。私自身は殺伐期を経て、“おばさん期”になりました。人の評価も気にしなくてもいいし、何を言われてももういいや、と思える。ネットでキラキラしているものを見ても、なんとも思わなくなりました。
——悟りの境地に達しつつあるような……。年を重ねることに対して、ネガティブなイメージがありますが、西原先生を見ているとそれを感じません。
西原:おばさんになるのも楽しいですよ。体はまだ丈夫だし、友達もできやすいですからね。20歳の頃は自信もなく、キャリアもなく、金もなかった。いいことなんか一個もなかったです。でも40過ぎくらいから楽しくなったなと、志麻子ちゃんと意見が一致してます。子どもを育てて、離婚もして、社会的義務を果たしたから、あとは何やってもいい状態になったのが大きいかもしれません。若い女性は大変だと思います。外見に気を遣い、身だしなみをキチンとせねば、キャリアも積まねば、と焦るでしょう。でも、私はある時からそういう感情がなくなって、凄く楽になりました。
■書籍情報
『サイバラ10年絵日誌』
著者:西原理恵子
価格:1,650円
発売日:2024年11月20日
出版社:双葉社