サザン、米米CLUB、ミスチルの名曲ととも紡がれる感動物語ーー音楽ライター・栗本 斉の『さよならの向う側 ’90s』レビュー
J-POPの名曲を物語のスパイスに
第五話に進むと、一気に第一話から第四話までのストーリーや登場人物がすべて密接につながっていることがわかってくる。短編集のようでいて、ひとつの大きな物語になっているというこのストーリー展開は、著者の作家としての真骨頂といってもいいだろう。あとからいろんな伏線が張られていたこともわかってくるのだが、そのあたりは読んでからのお楽しみということでここでは述べない。
ただ、第五話にも第一話と同様に、90年代初頭のJ-POPが小道具として登場することで、時代の空気が見事に伝わってくる。主人公が気分を落ち着かせるためにカセットウォークマンで聴くのは、サザンオールスターズ「真夏の果実」、KAN「愛は勝つ」、小泉今日子「あなたに会えてよかった」といったヒット曲。そして、これらをBGMのようにかすかに響かせながら、物語は大団円へと向かっていくのだ。
作者の清水春木は1988年生まれなので、90年代はリアルタイムで過ごしているとはいえ、まだ物心つく前の幼少期から小学生の頃だ。それにもかかわらず、時代考証がしっかりとなされており、なおかつJ-POPの名曲を物語のスパイスとして実にうまく使いこなしている。おそらくこういった楽曲群に思い入れが強いのだろう。
とくに第一話における米米CLUBの「君がいるだけで」はモチーフになった一曲だけに、歌詞の引用こそ出てこないが、“見えないものを”、“見つめて”というその歌詞の一部が裏キーワードになっているようにも思えるのだ。さらに第一話だけでなく、第二話から第五話までのタイトルにも、「Tomorrow never knows」「チェリー」「First Love」「ラストチャンス」という90年代のヒット曲のタイトルが引用されているのも気になるところ、もっといえば、これまでのシリーズにも多数の曲タイトルの引用があり、この連作のタイトルである『さよならの向う側』自体が、山口百恵の名曲から取られている。
いかに、このシリーズにとって音楽が重要なのかがわかるだろう。そして、その音楽との関連性をストレートに打ち出しつつ、成熟した物語に仕立て上げたのが、90年代J-POPと当時のカルチャーを大々的にフィーチャーした『さよならの向う側 ’90s』なのである。
■書籍情報
『さよならの向う側 ’90s』
著者:清水晴木
価格:1,540円
発売日:11月20日
レーベル:ことのは文庫
出版社:マイクロマガジン社
『さよならの向う側 [文庫版]』
著者:清水晴木
価格:781円
発売日:11月20日
レーベル:ことのは文庫
出版社:マイクロマガジン社