「文芸」としての随筆・エッセイとは何か? 宮崎智之 × オルタナ旧市街、若手が思う「現在地」
文芸としての随筆・エッセイとは何か——。そんなテーマをめぐって、文芸評論家・エッセイストの宮崎智之と文筆家のオルタナ旧市街が対談をした。宮崎はエッセイ集『平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版』がちくま文庫から文庫化し、SNSなどで大きな反響を呼んでいる。同書では、アルコール依存症の経験や家族との日々の暮らしについて、自身の敬愛する文学作品の引用を交えながら執筆した。一方のオルタナ旧市街は、初の商業出版作『踊る幽霊』(柏書房)を刊行。東京近郊をはじめとした様々な街をめぐった経験を魅力的な文章で綴っている。そんな随筆・エッセイの書き手として今最も注目される二人が、その執筆の「現在」について語り合った。 (篠原諄也)
随筆・エッセイが軽んじられている風潮
宮崎:今回の「文学としての随筆・エッセイ」というテーマと関わるんですが、僕は文学の定義は二つあると考えています。一つ目は「文学は楽しむもの」だということです。『平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版』でも、不快だけれど大切なことを教えてくれた作品について書いていますが、そうしたものまで含めて、何か自分を変容させてくれるものです。小説や詩歌、批評などにも同じことが言えると思っています。
ただし、随筆・エッセイは「文学」「文芸」としてあまり認められていないのではないか、という思いもあります。講談社エッセイ賞もなくなってしまいましたし、読売文学賞の随筆・紀行賞や日本エッセイスト・クラブ賞などはありますが、基本的に既刊が対象になっているものが多いのです。つまり、随筆・エッセイの書き手には、大きな規模で広く周知されている公募の新人賞を受賞して、華々しくデビューといった回路がほとんどない。
また、僕は(高校の国語の授業などで使う)国語便覧が好きでよく読んでいるのですけど、そこでも近代以降は随筆が大項目として取り上げられなくなります。近代以前は日本三代随筆『枕草子』『方丈記』『徒然草』をはじめ、宮廷女流文学の『蜻蛉日記』などまで数多く紹介されていました。それが近代以降になると、エッセイ・随筆の項目が消えるんです。小説、詩、短歌、俳句、評論、戯曲ときて、外国文学になるケースが散見されます。つまり、近代以降はエッセイが軽んじられているのですね。
オルタナ旧市街:現代では軽んじられていると思いますね。私自身も軽んじていたかもしれませんし。最近は減ってきた傾向もありますが、たとえば大型書店に行くと、「女性向けエッセイ」「男性向けエッセイ」のような棚があって、タレントのエッセイ本や自己啓発本が置かれたりしていて。でも同じ棚に吉本ばななも太田和彦も置いてある、みたいな。随筆・エッセイというものは幅が広すぎるんですよね。もちろん優劣をつけるつもりはありませんが、十把一絡げ感があると思います。
宮崎:そういう融通無碍さが随筆・エッセイの魅力でもあるのですけどね。 そのことは、僕の思う文学の定義の二つ目「言葉でつくられた世界」にも繋がるのですが、随筆・エッセイを文学として認めさせたいという気持ちがあります。昨年、文芸誌『文學界』2023年9月号で「エッセイ特集」が組まれました。オルタナ旧市街さんを含めた27人がエッセイを寄稿し、柿内正午さんと僕が最後にエッセイ論を執筆しました。僕が寄せた論考のタイトルは「定義を拒み、内部に開け——エッセイという『文』の『芸』」。定義は拒みながらも、随筆・エッセイは歴とした文芸であるということを書きました。このように、僕が言い続けたからではないのでしょうけど、徐々に随筆・エッセイが注目されるようになり、集英社の文芸総合誌「kotoba」2024年春号では、「エッセイを読む愉しみ」という特集が組まれ、こちらにも僕は「一から一への文学――エッセイが時代に花ひらく」という論考を寄稿しました。また、東京・江古田の書店「百年の二度寝」さんでは、僕とオルタナ旧市街さんが選書し、手書きPOPをそえた「随筆復興フェア」が10月16日まで組まれています。
ただし、随筆についていろいろ調べていくと、明治時代にも軽んじられていたことがわかりました。岩波文庫の『日本近代随筆選』では、内田魯庵の「随筆問答」が収録されています。これは魯庵先生に随筆記者がインタビューするという体の読み物なんです。例えば「随筆とは一体なんです?」と聞かれて、「何だか知らない。『言海』か『辞林』でも見玉へえ。何とか講釈がついてるだろう。」「随筆は現役のするもんじゃア無いからネ。文壇の予備に編入されて実戦の役に立たないものに当てがう仕事だよ」とあります。でもそこで随筆記者が「僕等が随筆専門の雑誌を出すのは随筆を現役の仕事であるとも思い、又しようとも思ってるんです。」と言うんです。この随筆記者は僕なんじゃないかな? と思って(笑)。
今でも随筆・エッセイは現役の仕事じゃないと捉えられがちです。芸能人やスポーツ選手が、言い方が少し悪いですが、「余技」でやっているイメージがある。もちろん、真剣に書かれている方もいることは知っています。さらには、文筆家でも、ある種の特別な体験を書いたり、何か過激なことを暴露したりするようなものと見做されている風潮が一部ではあります。でもそうした中で、オルタナ旧市街さんの自主制作した『一般』を最初に読んだ時に思ったのは、いい意味で何のテーマもないけれど、とにかく文章がカッコよくて読ませられてしまうということでした。つまり、どこまでも文学、文芸なんですね。
オルタナ旧市街さんの文章は、好きな箇所がたくさんあります。
「上野駅を出て列車は北上する。新幹線よりはいくぶん緩慢な速度で通り過ぎていく風景のなかに、子を抱いた父親の姿や、団地の壁面に当たる夕陽のかがやきを認めて感傷的になる。こういう時間に出会うと何か書きたくなるなと思った。日々のサンプリングによってじぶんの文章と呼べるものが生まれている。快適な自宅にこもっているのは好きだが、肉体の移動を続けなければわたしはやがて何も書かなくなるだろう」
随筆・エッセイを書く時は、日々の断片的な出来事をサンプリングしているという意識なのでしょうか。
オルタナ旧市街:通勤のためにバスに乗っていて、ふと車窓から、道端の花の写真を撮っているおじさんが見えたり、すごい派手な服を着せられた犬が見えたり、ちょっとした面白い出来事がいっぱいある。それはすぐに忘れちゃうんですけど、コレクションするのが好きなんです。そういう気になったことをメモしてたくさん残してるんですよ。二、三行くらいの断片的なものです。何となくそれが日記代わりになっています。後から見返すと全然忘れているんですけど、「ああ、あのおじさんがいた」と思い出したりするんです。
それぞれの随筆・エッセイで決定的な出来事はあります。でもそれは全部大したことではないんです。同僚に誘われて観覧車に乗ったこと、会社の取引先に行ったこと。記憶に残った日の言葉を綴っているという感覚ですね。
優れた随筆・エッセイの共通点
宮崎:オルタナ旧市街さんにとって、文学、文芸としての随筆・エッセイとは何でしょう。
オルタナ旧市街:「文」「芸」なので、文章の技巧的なうまさを堪能できるものだと思います。小説のようにストーリーの展開そのものが重要ではないからこそ、もっと純度の高い文の芸が見られるのが随筆・エッセイだと思うんです。赤染晶子『じゃむパンの日』、片山令子『惑星』、池澤夏樹『楽しい終末』などの名随筆・名エッセイは、何でもないことを綴っていながらも、文章がめちゃくちゃうまい。そういう読み物って昔から絶対にあって、評価されるべきだと思っています。
——宮崎さんの新刊『平熱のまま、この世界を熱狂したい 増補新版』(ちくま文庫)を読んでいかがでしたか。
オルタナ旧市街:本が付箋だらけになるほど良かったですね。特に自意識の薄め方がかっこいいと思いました。文庫版の解説では山本貴光さん、吉川浩満さんのお二人とも、自意識の薄め方がすごいとおっしゃっていますね。私自身は自分のことを書くのではなく、身の回りに起こった出来事や風景を描写します。でも宮崎さんは自分自身のご家族、病気、愛犬などを自己開示しながら、その自意識の薄め方が絶妙なんです。随筆・エッセイというのは、自意識に打ち克ったものなのだと思います。
あとは文学作品の引用のバランスもすごいんですよ。引用した本を読んだ気になるし、お得な本だと思います。文豪の引用をするとスノッブな感じになりがちですが、全然そういう感じがしない。そのチューニングがうまいと思いました。「友達の話を聞いているみたい」だというレビューをネットで見ましたが、本当にそういう感じですね。自分との距離の取り方や、人からどう見えるかということが、すごく適切なところに落ち着いている。優れた随筆・エッセイは全部そうだと思います。
宮崎:自意識に打ち克つという話は、自分が文芸評論家を名乗っていることも大きいかもしれません。カッコいいことを言うようだけれど、僕は究極的には自分のためにではなく、未来のために書いています。内田魯庵は明治期の人だったし、それからも文学、文芸は連綿と続いてきた。随筆・エッセイは今では軽んじられていると言っても、日本エッセイスト・クラブもあるし、日本文藝家協会の『ベスト・エッセイ』も刊行されている。窮理舎という科学随筆の伝統を引き継いでいる出版社もあります。今でも文化を継承している人たちがいるのです。
文学を書く営みというのは、読書を通して先人から得たものに対して、自分の本でレスポンスしていくことです。僕の本は、福田恆存、トルストイ、吉田健一、川端康成、鷲田清一、小林秀雄などに対するレスポンスになっています。僕の本も誰かにレスポンスされるようにならなければいけない。そうされるものでなければ文学、文芸じゃないと思うんですよ。だからちょっと大きなことをいえば、100年後の読者にも読めるように書いている。
それを意識しているから、この本には固有名詞は少ないし、時事ネタも少ない。100年後の人でも注釈なしで読めることを心がけています。いつか自分の本も連綿と続く文学、文芸の流れの一滴になって、誰かにレスポンスされていく存在になれればいいなと。そういうものが文学としての随筆・エッセイなのですね。そのためには随筆・エッセイが批評の俎上にのるようにならないといけないと思っています。一人称でその著者が感じた「真実」を書いたから、それ以上、他者は何も言えない、というところで止まっていては駄目だと僕は思っています。論じることでその作品や時代を乗り越えていくという試みが批評ならば、それに耐えうる作品が文学としての随筆・エッセイです。僕が今、関心があるのは「随筆批評」ですね。