「歴史的な名品!」水木しげる、貴重な紙芝居がオークションに出品 水木ファン「公的機関が落札し公開を」

■水木しげるの幻の紙芝居を発見か

『人鯨』第1巻の扉絵。原画をそのまま紙芝居に使用していたため、縁に傷みがみられ、表面にキズも多い。しかし、それゆえ年月を経たリアリティを感じられる。画像提供=まんだらけ

  ヴィンテージコミックや漫画原画などを扱う中古書店「まんだらけ」のオークションに、『ゲゲゲの鬼太郎』などで知られる漫画家の水木しげるがデビュー前に描いたとされる紙芝居が出品され、ファンの間で大きな話題になっている。その紙芝居は『人鯨』と題した作品で、捕鯨船で鯨の生肉ばかりを食べていた主人公が“人間クジラ”になるというストーリー。すべて水木の直筆という。

  水木が紙芝居作家だったことはファンの間では周知の事実で、1951~57年の6年間にわたって活動し、手掛けたタイトルは作品リストなどで知られていた。しかし、戦後の混乱期の制作ゆえに散逸してしまい、実物が出てきたことはこれまでになく、幻とされていた。今回その実物とみられる紙芝居が発見されたことで、漫画界の巨匠のデビュー前の筆跡と当時の活動を知るうえで貴重な資料となりそうだ。

  水木の作品リストによると、『人鯨』は全20巻とある。このたびオークションに出品されるのは1956年に水木が“武良茂鉄”名義で執筆したもので、第1巻の扉絵1枚、第2巻全10枚、第18巻の5枚目の合計3種類。なお、オークションが開催されるのは9月7日で、最低入札価格は第1巻の扉絵1枚が100万円、第2巻全10枚が250万円、第18巻の5枚目が20万からとなっている。

「まんだらけZENBU」123号(2024年8月1日、まんだらけ出版部/刊)。オークションの図録であり、『人鯨』の詳細な解説も掲載されている。

 今回の出品を「まんだらけ」は「まんだらけ史上最大の発見」と語り、原画類の鑑定も手掛ける古川益三会長が「夢にまで見た!」とコメントしている。なお、古川は水木のアシスタントを務めた漫画家でもあったし、同社の目録「まんだらけZENBU」では、これまでに何度も特集を組んで紹介してきた。そうした経緯もあって、同社の水木に対する思いは特別なものがあると考えられる。

 いずれにせよ、日本漫画史を語るうえで重要な文化財級の名品であることは間違いないため、国内のファンはもとより、海外のコレクターや海外の美術館などの関係者も入札に加わると予想される。筆者個人の願いとしては、できれば日本の公的機関が落札して、公開されてほしいと願うのだが……。

『人鯨』第18巻の5枚目。画像提供=まんだらけ

■水木ファンはどう見るか

  今回の発見を水木ファンはどのように受け止めているのか。かつて、水木作品の復刻などを担った「籠目舎」のメンバーであり、水木作品全般に精通する岡本真一氏に話を聞いた。

――『人鯨』の現物が発見され、「まんだらけ」のオークションに出品されました。ファンの立場から、どのように受け止めていますか。

岡本:『人鯨』が「まんだらけ」の目録に掲載されて、多くの方々の目に触れたことは非常に嬉しく思っています。それと同時に、投機目的で購入を目論んでいる人物の出現や、海外流出の危険性に恐怖しております。秘蔵されて二度と世に出なくなってしまったら、残念ですからね。

――水木先生が紙芝居作家だったことは、先生自身のエッセイ漫画でも知られていますよね。しかし、紙芝居の実物がこれまで確認されていなかったとは驚きです。

岡本:水木先生が10代から20代前半の頃に描かれたものや、紙芝居の習作、師匠でもある加太こうじ先生の紙芝居原画に着彩したものは、これまでに「大水木しげる展」などの巡回展、境港の「水木しげる記念館」の常設展示、『水木しげる漫画大全集』別巻(注:全巻予約購入者特典で非売品)などで公開されています。しかし、実際に使用された紙芝居原画は現存していないと、水木先生ご本人を含め、誰もが思っていたのです。

岡本真一氏が編集メンバーに名を連ねている『もののけ通信』。伊藤徹が編集・発行を担当していた。第9号の表紙は、水木しげるのアシスタントも務めた巨匠・池上遼一。写真提供=福井宏明

――そんな貴重なものが出てきたというわけですね。かつて「籠目舎」の伊藤徹さんが発見した単行本『恐怖の遊星魔人』も、水木先生自身が現存していると思っていなかったそうですが、『人鯨』はそれに比肩するか、それ以上の発見といえそうです。

岡本:武蔵野美術学校(現:武蔵野美術大学)時代から、1957年刊行の貸本作品『赤電話』までの画業の空白期間という名の“再現出来ないジグソウ・パズル”を埋める重要なピースです。日本の児童文化史、漫画史の重要な一次資料でもあり、文化財でもあります。とにかく、日本の至宝であることは間違いありません。

『まんだらけ』13号(1996年6月発行)は水木しげる特集。出品されている初期の単行本も凄まじいのだが、水木のインタビューから、関東水木会の平林重雄、伝説の水木ファンとして知られる籠目舎の伊藤徹のコラムも掲載され、今見ても相当に濃い内容である。
水木しげるの貸本時代の単行本は古書業界で絶大な人気を誇り、1980年~90年代の頃から高額で取引される例が多かった。写真は『まんだらけ』21号より。初期の代表作『ロケットマン』に60万円という値段がついている。

■初期作品の画風が既に確立

――岡本さんのコメントからも、水木ファンの興奮ぶりが伝わってきますね。岡本さんは『人鯨』の絵を見て、どんな印象を抱きましたか。

岡本:1958年に刊行された水木先生の正式な漫画家デビュー作『ロケットマン』などの貸本初期作品で見せた画風が、既に確立されていたことに驚きました。それと、水木先生の記憶をもとに作成された紙芝居作品リストでは、今回の『人鯨』は確か後期の作品になっていました。

  ところが、脚本を阪神画劇社の鈴木勝丸社長(注:第二次世界大戦前に「島廼家(しまのや)勝丸」名義で、紙芝居やおとぎ話のSP盤レコードを多数出していた人物。1986年没)が担当されていたことと、水木先生のペンネームが小学生の頃に使っていた雅号“武良茂鉄”名義だったことから、紙芝居作家時代の初期(阪神画劇社が設立された1950~51年頃)の作品である可能性もあります。

――もしかすると、1956年よりも前の作品であることもあり得ると。

岡本:今回、“水木しげる”名義の紙芝居原画が発見されなかったので断定はできませんが、今後、別の新たな原画が発見されれば、作品リストと年譜の大幅な改訂をする必要に迫られるでしょう。

――今後のさらなる調査研究が俟たれますね。『人鯨』は日本漫画史における第一級の資料であり、落札価格は高額になると予想されます。

岡本:水木先生の長女である水木プロの尚子社長さんか、「水木しげる記念館」の現在の運営者(2024年4月のリニューアルオープンを機に設立された一般社団法人)、京極夏彦先生のいずれかにぜひとも落札していただきたいですね。

境港にある「水木しげるロード」は、漫画を使った町おこしの先駆的な存在でもある。水木の作品とキャラクターは時代を超えて愛されており、新たなファンを獲得し続けていることに驚きだ。写真=山内貴範

■紙芝居なので“語り”があればいい

――おっしゃるとおりです。私も間近で見てみたいですし、そのためには関係者や公的機関が落札して、公開に繋げてほしいと思っています。

岡本:ぜひ、実現してほしいです。「水木しげる記念館」に常設展示されるのが理想的ですが、原画を使ったスライド動画を作成してモニター上映、もしくは水木プロのYouTubeチャンネル「Hey, KITARO」で配信公開するのもありかと思います。

――紙芝居ですから、朗読する動画があったらいいですよね。

岡本:そうですね。動画作成の時は、私の水木仲間である活動弁士の坂本頼光さんか、落語家の桂福点師匠に語りをお願いしたいです。福点師匠に語りを頼んだ場合は、点字原稿も同時に公開していただけると、より多くの人が水木先生の作品に触れて楽しめるでしょう。水木しげるロードのブロンズ像が、“触れる妖怪図鑑”として盲学校の子どもたちに好評なように。

――私も境港の「水木しげるロード」は何度も行っていますが、いつも幅広い世代の観光客がいますし、水木先生の漫画は現在もブームになっていますよね。作品に普遍的な魅力があるからこそと思います。長年のファンとして、現状をどう見ていますか。

岡本:今現在の水木ブームには私も驚いています。ひとつのブームが4年以上長く続いている現象を目の当たりにすること自体が、初めてですから。ただ、今回のブームの中から失敗を挙げるとしたら、令和アニメ版『悪魔くん』を続編の制作条件が厳しいNetflix配信限定にしたことくらいでしょうか。

  作品の内容が良かっただけに、『風都探偵』や『キン肉マン』のように地上波放送と配信を並行すれば、Xなどを活用した情報の共有で、さらなる新規ファンの獲得とブームの盛り上がりが起きたのではと思っています。それはさておき、今年の“ゲゲゲ忌”もこの勢いが続いて、盛り上がってくれることを心から願っております。

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