「漫画はアートではない」一見上手な“猫エッセイ漫画”をプロが添削した結果がスゴかった
SNSを通じて多くのクリエイターが漫画を発表し、商業連載化するヒット作も続々生まれている昨今。一方で、そのなかに埋もれてしまったり、「独学」ゆえの悩みを抱えたまま疲弊してしまっているクリエイターも少なくない状況だ。
そんななか、頼りになるのはプロの漫画家がその技術や心構えを伝える動画コンテンツだ。なかでもYouTubeで人気を博しているのが、元週刊少年漫画誌の連載作家・ペガサスハイド氏。視聴者から募った作品を添削する人気企画では、いつも相談者の個性に寄り添いながら、「さすがプロ」という的確なアドバイスを送っている。自分では漫画を描かない人も思わず唸らされ、審美眼が磨かれる内容だ。
最新の添削動画のタイトルは、「【認められない理由】漫画はアートではないと漫画家志望者は気づくべき」というもの。「漫画はアートではない」という言葉の真意は、いったいどこにあるのか。
今回添削することになった漫画は、Xに猫のエッセイ漫画を投稿しているが、なかなか人気が出ないと悩んでいるクリエイターの作品。熱帯魚屋の店員さんに愛猫の写真を見せたところ、脅威の再生力で知られる扁形動物「プラナリア」に似ていると言われてショックを受けるが……という内容で、一見、とても上手だ。ハイド氏も「キャラクターもかっこいいですし、画力が高いと思います!」と評価し、「重力」まで意識した衣服(エプロン)の描写に感心していた。
それでは、この作品のどこに問題があるのか。ハイド氏はいつものように元作品をベースにネームを引き直していく。詳しくは動画を視聴してもらいたいところだが、ハイド氏が第一に指摘したのは、何を言いたいのかが「わかりにくい」ことだ。一コマ目には「うちの猫を見た熱帯魚屋」という言葉とともに、店員の姿が描かれているが、「猫」は描写されておらず、店員はスマホの画面を眺めている。読者は一拍おいて「スマホで猫の写真を見ているのね」と気づくが、確かにポカンとする人も多そうだ。
また、ペットショップや動物病院ではなく、なぜ「熱帯魚屋」に愛猫の写真を見せているのか、というシチュエーションも直感的に理解しづらいかもしれない。「プラナリア」についても詳細な説明がないため、知らない人は置いていかれてしまう(※プラナリアは一見不気味だが「目」が可愛いという人もいて、猫の目がそれに似ているという熱帯魚屋さんの感覚が面白い)……など、さまざまなポイントで説明不足になってしまっているようだ。主役と言える「猫」がほぼ描かれていない(最後に簡略化された描写はある)のも、「猫のエッセイ漫画」として読みづらくなっている。
ハイド氏が引き直したネームを見てみると、1コマ目でスマホから吹き出しを作って可愛らしい「猫」を大きく描写。プラナリアに似ていると指摘されたあとに、飼い主が「プラナリアってあの……川に大量発生するキモい生き物!?」とツッコミつつ説明しているもわかりやすく、読者に親切だ。「目が似ている」というオチも、熱帯魚屋店員の言葉を「目がプラナってる」とキャッチーにアレンジし、楽しい読後感を作っていた。前提として何の知識も持っていなくても、理解してほっこりできるわかりやすい作品になった。
絵が上手で世界観があり、しかし作品は人気が出ないーーそうしたクリエイターには「漫画をアートだと思っている」という傾向があると、ハイド氏は分析する。もちろん芸術としての要素はあり、定義によってはアートそのものとも言えるが、漫画は「人に伝わらないと意味をなさない」(ハイド氏)。特に人気を獲得するためには「わかりやすさ」が何より重要で、「極論、絵が下手でも伝えられれば漫画家になれるが、絵が上手でも伝えられなければ漫画家にはなれない」という。
漫画にも、映画や音楽にも“アート寄り”の評価を受けるヒット作はあるが、それを生業にしたい(人気になりたい)なら、まず「伝えること」にフォーカスすべきだ、というのは説得力がある。プロならではのシビアな指摘だ。漫画家を目指している人も、読者として漫画を好きな人も、気づきの多い動画をチェックしてみよう。
■参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=38LXOFcHLKc