「僕の人生を変えてくれた」天神英貴に聞く『機動警察パトレイバー35th 公式設定集』の尽きない魅力
驚かされたのは「初期の太田」? 『公式設定集』の見どころ
──『公式設定集』『美術設定集』に関して、どういった感想をもたれましたか?
今まで刊行された設定集はほぼ全部持っているはずなんですが、記憶にないものが掲載されていて、何点か驚かされた絵がありましたね。一番びっくりしたのが太田の初期画稿。これは初めて見ました。
──超人ハルクというか『ドカベン』の山田太郎というか、なんかすごいですよね、初期太田。
全然違いますよね。野明とかも初期画稿はありますけど、太田は見る影もない大変化で驚きました。あとは車両関係のデザインは大体河森さんだと思ってたら、意外に出渕さんも描いてるんだな……みたいな発見も多かったですね。スペースドーファンも、ここまで詳細な設定は見たことがありませんでした。
──スペースドーファンに注目するあたり、完全にマニア目線ですね……!
スペースドーファン、割と好きなんですよ。超やられメカだけど。ブチ穴も開いてるし、結構贅沢なスタイルですよね。この設定画、出渕さんが描いてるのかな……。肩の力が抜けてて、いい感じですよね。あとは、『ミニパト』とか『REBOOT』みたいな、新しめの作品の設定画は出版物に載っていること自体が珍しいので、このあたりについてもまとめて見られるのは嬉しかったです。『ミニパト』ってこんなにたくさん設定あったんだ……という驚きもありました。本当によくこれだけ集めて掲載したなと思います。この本一冊だけで3日間はイベントでしゃべれますよ。三冊あるから、合計9日間イベントができます(笑)。
──もうそれは合宿ですね……。メカ設定の方に関しても、コクピットなどの詳細な設定が数多く収録されています。
これもパトレイバーの特徴で、本当に人間が乗るギリギリの大きさでロボットをデザインしたというのがちゃんと見て取れるんですよね。「コクピット2倍の法則」を使っていない。これだけ詳細なメカ設定があるとコクピットの中を描くのも大変そうに見えますが、でも「内部に小さなモニターがあるだけ」というイングラムのコクピットって、アニメのスタッフ的にはちょっとありがたいものだったりするんですよ。
──それはどうしてですか?
単純に、あんまり外の風景を描かなくてすむんですよね。ガンダムに出てくる全天モニターみたいなものって、細かい機械は描かなくていいけど、自機と周囲の機体やストラクチャーの位置を計算して動かさなくちゃいけないというめんどくささが生まれるんです。大変なのはマクロスシリーズ(笑)。コクピットもややこしい形をしている上に、窓も大きいから空や周囲の風景も描かないといけない。そうなると作業は膨大です。
──なるほど……! あと、通して見ると、やっぱりミリタリー系のデザインというか、自衛隊車両や軍用機のデザインの密度感はすごいなと思いました。
どれも絶妙なラインですよね。ミリタリーマニアが見ても納得できる。結局クリエイター側が全員オタクなんで、そこらへんの情報を盛り込みたくなっちゃうんですよね。そして、そういった情報を盛り込んでリアルに描いたからこそ、そこに混じっているレイバーが嘘っぽく見えなくなる。ひとつ大嘘をつこうと思ったら、その周囲を本当で固めなくちゃいけないんです。そこがちゃんとバランスよくまとまっている。河森さんにしても今はもうベテランですけど、当時はみなさん20代終わりから30代とかですよね。一番働ける時期に全力で描いているのがよくわかる。
──CLATなど、遊びの要素が強いデザインも印象的です。
ああいった遊びの要素に関しては、今再現するのは難しいでしょうね。版権の問題とかではなく、アニメの作り方が変化しているという理由からですが。
──どういうことでしょうか?
そもそも、設定にないものを一話だけのために描きおこすというのは大変なことで、容易にやれることではないんです。かつ、あの時代はセルをそんなに細かく分けないんですよね。今だとセル1〜4くらいに分けて、レイヤーごとに描いていくんですが、当時は全セルでパッとやっちゃうこともよくあったといいます。で、それをデザイナー自身が描いちゃってたりする。「俺がやるからさ〜!」って言えて、実際にやれちゃってた時代の話なんですよね。
──なるほど。遊びたいと思った人が自力で全部面倒を見られるから成立していた遊びなわけですね。
今だとメカってほとんど3DCGになるじゃないですか。CGアニメーターさんは自分がデザインするわけじゃないから、勝手に作るわけにいかないんですよね。大体CGって秒単位でお金がかかるから、予算面でもどうするんだということになる。デザインした人があくまで直接作業するから、遊びも盛り込めたんだと思います。クリエイター自身がふざけるからCLATみたいな要素も成立していましたが、今はもうそういったことが難しい時代になりましたね。
「資料集の箱」に必要な要素を突き詰めた、三方背函用イラスト
──今回、『機動警察パトレイバー35th 公式設定集』の三方背函のために天神さんが描きおこしたイラストについてもお聞きしたいです。
イングラムのイラストは何度も描かせてもらっているので、まずは「使い回しじゃない、新しいイラストですよ!」ということをファンの皆さんにわかってもらえるものを、という点は重視しました。それと、本を遠くから見ても「パトレイバーの本だな」とわかってもらえるようなデザインにすることも目標にしています。ということで、まず背景は白にしようと。過去のキービジュアルやビデオのジャケットを見ても、白背景って多いんですよ。そこを踏襲することにしました。
──確かに、単色の背景にキャラやメカのみを配置したビジュアルは多かったですね。
ただ、そうなると白背景に白いイングラムを描くことになりますよね。セルなら輪郭線を描くので大丈夫なんですが、僕の塗り方だと白背景の上に白いメカを描くと見えなくなってしまう。なので、今回のイングラムはかなり白色を抑えめにして、逆光によって暗く見えている感じで塗っています。背景の白を反射させつつ、上側には青空を反射した青を、下側には地面を反射して茶色を入れていますね。この「地面を反射して茶色く見える」というのは、プラモデルの箱絵で有名な高荷義之先生のテクニックですけども。
──高荷さんがロボットを描いたイラストで、確かに見たことがある気がします。
ただ、パトレイバーのイラストで、白色に対してこういう表現をしたものってあんまりないんですよね。ちょっとムラがある感じというか、パトカーの表面みたいな質感にもしたかったんです。
──過去にはメカが天神さん、キャラクターが高田(明美)さんというイラストもありましたが、今回は手前の野明も天神さんが作画されています。
高田先生の野明って、とても中性的なヒロインじゃないですか。男の子にならないように、さりとて美人すぎる感じにもならないように……というバランスがけっこう難しいんです。そういう各々の違いも取り込みつつ、誰が見ても野明だなと思えるようなイラストにする……というのも今回のテーマでした。ちなみに、作画監修は高田先生にお願いしています。
──高田さんのキャラクター、リアルさとイラストらしさのラインが絶妙で、なかなか他の方が真似をするのは大変そうですね……。
元々、僕はパトレイバーのキャラの絵は昔からけっこう描いてたんですよ。P-CLUBっていうパトレイバーのファンクラブに入ってたんですけど、その当時の会報に僕が描いた野明とスーパーカブのイラストが載ってたりします(笑)。当時から高田先生のイラストが大好きで、模写はたくさんやってたんですよね。画集たくさん買って。逆に「レイバーを高田先生のタッチで描く」みたいなトライもやってます。だから、普通の人よりはそのあたりは得意かもしれません。
──確かに今回のイラストも、一見すると「キャラは高田さんが描いているのかな?」と思いそうな再現度ですね。
あと、実は野明の後ろのコクピットもちゃんと描いているんですよ。そこは見えなくても描いてあったほうが、やっぱり整合性もとれるんで。そういったところまで作り込むことで、「綺麗なメカの中を開けるとごちゃごちゃと細部まで作り込まれた内部構造があって、その手前に主人公の女の子がいる」っていうパトレイバーの三大要素を全部盛り込んだイラストになったなと思います。非常にシンプルな構図の絵ではありますが。
──理詰めで、この設定資料集の箱として本当に必要な要素とは何かを考え抜いて描かれたイラストであることがわかります。
今回のお仕事に関しては、本当に光栄に思ってるんですよ。だって、この本に僕の描いた絵は一枚も載ってないんですよ(笑)。関係ないんだから。ただのファンですよ、僕は。「中には名だたるクリエイターの皆さまの絵がたくさん収録されてるのに、ただのファンの僕が箱絵描いてるのおかしくない?」という。もう、これはずっとパトレイバーのファンでいた僕への、ご褒美なんじゃないかと思いながら描きました。
──作品に触れた時点では高校生だったわけですもんね……。
そうですね……。最近たまに、パトレイバーって「最後の空想ロボットものだな」と思うんです。もう、我々は本物のロボットを見てしまっているじゃないですか。ファミリーレストランでは配膳ロボットが料理を運んでいるし、家を掃除するロボットもちっとも珍しくなくなってしまった。そうなると「現実的に存在するロボットって、大体こういうもの」という認識ができてしまっている。だから、1からロボットアニメを作ろうとしても「どのみち現実的にはこうはなりませんよ」ということが前提になってしまった。今はAIとかの方が、新鮮で先の読めないテクノロジーということになっていますよね。
──おっしゃる通りだと思います。
そういう意味では、パトレイバーって世の中に「現実的なロボットはこういうもの」という認識が社会に浸透する前に作られた、「リアルなロボットとは」「現実的なロボットの運用とは」という命題に真面目に迫った最後のヒット作だと思うんです。だから逆に言えば、パトレイバーの世界は永遠に続いていくし、古びない。
我々の住む世界線とは別の方向に分岐した作品だから、初めてこの作品を見る人は「別の世界線の現実」として常に新鮮に鑑賞できるんじゃないかと思うんです。そういった意味で、これからもパトレイバーは「リアルなロボットもの」の金字塔であり続けると思っています。
■天神英貴(てんじんひでたか)プロフィール
デザイナー・イラストレーターとして活動。 「ガンダム」、「STAR WARS」シリーズ、「エヴァンゲリオン」シリーズ、「マクロス」シリーズを始めとするプラモデルやメカフィギュアのボックスアートを描く。アニメーションやゲーム作品でメカデザインや世界観デザインを数多く手掛けている。また、実際に搭乗できる4足歩行ロボットのデザインも手掛けるなど幅広い分野において活躍している。2022年にはサンディエゴ・コミコンにて栄誉あるインクポット賞を受賞。日本国内のみならず、世界的にも高い評価を得ている。