ベストセラー『バッタを倒しにアフリカへ』7年ぶりの続編で明らかにされた研究方法の謎と人気学者の苦悶
■赤裸々に綴られる苦労話
そんな前野氏だが、本書で綴られている苦労話はなかなか壮絶だ。前作が大ヒットしたことで「バッタ博士」としてキャラクターが立ってしまい、様々なメディアにも登場するようになった前野氏。だが、名前が売れてしまったことでバッタの大発生のたびにメディアによって引っ張り出されるようになり、発言の意図は伝わらず、やっかみや無根拠な中傷に苦しめられることに……。そしてそこに「コロナ禍で研究のための移動が制限される」というダブルパンチが加わる中、前野氏は「この状況をひっくり返して自分をナメている人間たちを見返すためには、権威ある科学雑誌に論文が掲載されるしかない」と意地になる。この辺りの精神的葛藤の生々しさは、ぜひ本書を読んで確かめていただきたい。
前野氏が研究者として13年間積み上げてきたフィールドワークや実験の詳細を中心にまとめられている。しかしそんな本書でも異彩を放つのが、前野氏のドライバー兼アシスタントとして研究を手助けしてくれる相棒、ティジャニである。抜群のドライビングテクニックを持ちながら、第二婦人と喧嘩して家庭がめちゃくちゃになるなど、妙に人間臭いところがあるティジャニ。前作でも独特のエピソードを連発して存在感を示していた彼が、本書ではとうとう「ティジャニ関連エピソードだけで一章が埋まる」というボリュームで帰ってくる。
本書ではまずティジャニの出生の秘密が明らかになり、なぜ車の運転から食材の調達、もろもろの機材の整備までなんでも器用にこなせるのか、という理由が明かされる。さらに前野氏が資金を提供してのタクシープロジェクトの顛末など、「アフリカらしい」としか言いようのないエピソードが山盛りだ。
特に強烈なのが、ティジャニが家を建てるくだりである。ハンドメイドで豪邸を建設することを決意したティジャニだが、その建設方法は「ちょっとづつ建材を用意し、部分的に建物を完成させていく」というディアゴスティーニ方式だった。今日はドア、明日は壁、といった具合にちょっとづつ完成していくティジャニの家。そんな建設方法で家が建つんだ……というのも驚きだが、本書に収録されいてる「ティジャニの家」の写真を見て二度驚いた。なんというか、けっこうちゃんと豪邸なのである。これを自作するとは、ティジャニ、すごすぎる……。話が横道に逸れるのを承知で、前野氏が一章を割きたくなってしまったのも納得。「ティジャニの家」の写真は、ぜひ本書でご確認いただきたい。
このように豪快に脇道へ逸れるところも多い本書だが、ティジャニや各国の研究者・スタッフとの友情、学業で目標を達成したことへの嬉しさと誇らしさ、そしてバッタへの愛について素直な感情が書かれた書籍であり、読後感はとても爽やか。好きなことをやり続けて成果を出した人の話は、通常ならば羨ましかったりやっかみたくなったりもするが、「バッタに貪り食われたい」と書く前野氏の成功例はぶっ飛び過ぎていて「確かにこの勢いで突き進んだら、うまくいかないものもうまくいくようになるかもしれない」という説得力と爽快さがある。バッタの生態に関する好奇心も満たしつつ、夢を叶えんとする男の苦闘の様子も生々しく感じられる一冊である。