「日本一の校閲集団」新潮社校閲部の矜持とは? 『くらべて、けみして 校閲部の九重さん』対談
その言葉がどんなふうに生きているかを考えたい
――SNSなど、ネット上では本来と違う言葉の使われ方がされていることも多いですよね。間違っているほうが、定着してしまうことも。
丸山:言葉は、変わっていくものですからね。たとえば「爆笑する」というのは「みんながどっと笑う」という意味ですが、今や一人でも大笑いしていれば爆笑していると表現されることも多い。「流れに棹さす」という言葉も、本来は「流れに乗る」という意味ですが、今は「流れに逆らう」イメージを持つ方がほとんどでしょう。そうなると、著者がその言葉を正しく使っていたとしても「誤解される可能性があるので変えますか」という指摘をいれることもあります。新しく生まれる言葉もあれば、消えゆく言葉もある。抵抗するのも大事でしょうが、伝わらなければ意味がないので「この言葉は、もうあまり使えないかな」と思った経験もあります。
――切ない……。
丸山:門番として立っている以上、私たちは最後まで確認し続けますが、兼好法師も「最近の若者の言葉遣いは……」と書き残しているので、きっとその繰り返しで今があるのだろうと思います。自分は誤用していないなんて、とてもじゃないけれど、言えませんしね。以前、子ども向けのワークショップをやったとき、わざと20か所の間違いを入れた文章を配ったのですが、本当に20だろうかとひやひやしていました(笑)。
こいし:もっとあるかもしれない(笑)。
丸山:そうなんです。断言しないし、判断しないというのも、私たちの仕事の特徴で。疑問を書き入れるときには「いかがでしょうか」とお伺いをたてるし、子どもたちにも「私が気づかないだけで20以上あるかもね」って言ってました(笑)。
こいし:言葉も生きている、っておもしろいですよね。このマンガを描き始めて、私も日々使っている言葉に対する意識が変わりました。正しいか間違っているか、ではなく、言葉一つひとつにどう向き合うか、その言葉がどんなふうに生きているかを考えたい、と。
丸山:そう思っていただけるなら、とても嬉しいです。
こいし:だって本当に、校閲のみなさんは、作品をよきものにするため、一生懸命向き合ってくださるから……。作中で九重さんが果朋のみたらし団子をもらうシーンがあるんですけど、串にささっている団子の数が実際と違うけど大丈夫ですか、と指摘してくださって。そこまで見てくれるのか!と驚きましたし、こんなに真剣にとりくんでくださるなら、私も頑張らなきゃと思えました。
丸山:矢彦さんの言うとおり、私たちは確かにゲラを通じて戦ってはいるんだけれど、決して敵ではない。チームなんだと思ってもらえるよう、つとめたいです。その気持ちが伝わって、ときどき嬉しい反応を著者の方からいただくこともあるんですよ。
――記憶に残っている反応はありますか?
丸山:そうですねえ。重松清さんは、校閲者の出した代替案をそのまま使わず、必ずご自身の言葉に書き換えられる方なのですが、一度だけ、私の提案をそのまま採用していただいたことがあるんです。「普段は校閲さんの例文をそのまま使うことはないけれど、この三行は書き換える言葉が一文字もない」というようなメモがゲラに貼ってあって……。あまりに珍しいことだからと、社に戻る予定のなかった担当編集者が、私に見せるため、急いで帰ってきてくれました(写真を見せる)。
こいし:すごい。「素晴らしい」「まいりました」って書いてある。
丸山:本当にうれしかったです。今でもそのメモをその本の該当箇所に貼って本棚にしまっています。校閲の仕事は基本的に減点方式で褒められることがほとんどないので、つらいことがあると、とりだして見ています。
こいし:先ほどの菜の花の話といい、今日のお話だけでマンガに描きたいことがいっぱいです。うかがった話をそのままエピソードとして描くのではなく、ちゃんと想いを受け取って、厚みのある物語として、2巻以降も届けていきたいと、改めて思いました。
丸山:ありがとうございます。今後も、楽しみにしています。
■書籍情報
『くらべて、けみして 校閲部の九重さん』
著者:こいしゆうか
価格:1,265円
出版社:新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/355391/