速水健朗「90年代は馬鹿みたいに浮かれていた時代」 『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』インタビュー

速水健朗「90年代は浮かれていた時代」

 速水健朗『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』(東京書籍)は、副題になった世代の50年間の出来事を追った年代記である。1980年代のバブル景気の崩壊後に社会へ出た団塊ジュニア世代は、ロストジェネレーション、就職氷河期世代と呼ばれる世代と重なるため、経済的困難、非正規雇用増加などのイメージで語られがちだ。それに対し、本書は、先入観にとらわれず、歴史を再構成している。メディアの変化を1つの軸にして、過去をふり返った著者が見たものはなんだったのだろうか。
(円堂都司昭/7月20日取材・構成)

小さなテクノロジーの変化と世代論を組み合わせる

速水健朗『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』(東京書籍)

――団塊ジュニア世代をテーマに本をまとめることになった経緯は。

速水:企画は編集者からの提案です。1973年生まれの目線で、人口が多い世代を振り返るという概要、あとタイトルもほぼ決まっていたんです。でも、これ実は2年前くらいに書き始めたんですよ。当時は、与那覇潤さんの『平成史 昨日の世界のすべて』、小熊英二さんの編著『平成史』など、平成30年のふり返り企画がけっこう出そろっていた時期で、最初は「うーん、どうしよう」と書きあぐねていました。

 まずは、人口の多い1973年生まれの有名人たちがデビューして、活躍するのを順を追って並べようかと思ってました。宮沢りえは12、13歳で有名になったし、イチローなど野球選手だったら18歳、ロンドンブーツの田村淳さんとかお笑いの人たちも早ければ20歳くらいから頭角を現す。そうした人々の活躍や事件を並べて「同世代史」が書けるなって。

――完成した本にもそういう側面も残ってますね。

速水:そうですね。それを残しながら、メインの話はもっとメディアの変化的な話になっていますけど。僕の親世代は、子どもの頃にテレビや冷蔵庫が来たことを憶えている世代ですが、僕らの団塊ジュニア世代には、そこまで生活を大きく変えるインパクトのあるものがなかったんですよ。子どもの頃からテレビはカラーだし、ご飯だって物心ついた頃はもうマイコンジャーでしたし、オーディオも普及済みです。でも、家庭用ファックスとかコードレス電話あたりが、10代で入ってきた。家電というかコミュニケーションの道具が入ってきた。ファミコンやホビーパソコンなどの"コンピューター"が家庭に入ってきたのも僕の世代の経験です。こういう生活の中の小さなテクノロジーの変化と世代論を組み合わせるという内容にたどり着きました。

――歴史に関しては、いくらでも書けそうですけど、話題の取捨選択はどうしたんですか。

速水:僕のテレビの記憶の最初期のものに1982年のホテルニュージャパン火災があるんですが、それは家族で朝ご飯を食べながら見たニュースの記憶でもあります。ここから、グリコ森永事件、ロス疑惑と80年代にはテレビを舞台装置とした出来事が連続していくんです。ワイドショー時代を僕らの世代は、子どもの目線でテレビで見ていました。ワイドショー全盛時代というか、テレビの中で起きていることが、現実を変えていくといったことが当たり前になった時代だと思います。

――本の中では、事件のことが淡々と並べられていますよね。

速水:書き方が淡泊という感想は、本が出た日からいくつかいただいてます。事件についての説明なんかは、むしろ大幅にカットしてます。それはネットを見れば十分だからです。ネットでは、トリビアルな部分だけが何度もなぞられていくところがあるので、そういう定番の展開は極力避けたところがあります。たとえば、ホテルニュージャパンの横井英樹の話になると、Zeebraがその孫でみたいな話です。書く側も書かれる側もうんざりしていると思うんですよ。こちらの関心は、テレビがどう変化したかみたいなところにあるので、わざわざこの時代のこの事件を並べている意図とか構造とか、そういう部分を読んでもらえると、淡白な記述は気にならなくなると思います。

――速水さんの過去の著作でいうと、『1995年』に近い印象がありました。阪神・淡路大震災とオウム真理教のサリン事件が起きたために特別な年とされがちな1995年を、同書はもっとフラットにとらえようとしていた。それに対し、今回は、ロスジェネ、就職氷河期世代と特定のイメージでみられがちな世代を、もっとフラットにとらえようとしている。

速水:『1995年』のときも震災、オウム事件の話だけが注目され過ぎているので、それ以外の項目を手厚く書こうという意図で書きました。一見、関連のなさそうな小さな出来事の並びに、時代の細部を見い出していくという。今回の本もそのつもりです。

エアチェックは、男の子でも女の子でも関係なく皆楽しんでいた

――同時代的にインパクトのある作品として『ぼくらの七日間戦争』が上がっています。

速水:僕が最初に見た洋画は『E.T.』でスピルバーグ世代なんですよ。子どもやローティーンが主人公で、いわゆる青春よりもちょっと下の世代の冒険ものがたくさんありました。『ぼくらの七日間戦争』を見たときは、その日本版だなと思いました。ちなみに僕は、幼稚園でバリケード封鎖したことがある(笑)。友だちと教室に立てこもって、周りの子たちを締め出して遊んだ。大人たちが困っているのが楽しくて、その記憶は『ぼくらの七日間戦争』で蘇りました。で、のちに原作を読んでこの話が1960年代の学生運動の子ども版的な側面があるって知った。この頃に親世代の学生運動にも興味を持つようになりました。さかのぼってみると学生運動は、けっこう人が死んでいるし、僕が生まれる1年前の1972年には連合赤軍事件が起きていた。あれ、意外とシリアスだったなって。

――校門圧死事件についても書かれていますよね。

速水:『ぼくらの七日間戦争』は、1973年生まれ最大のスターである宮沢りえの登場がとにかく衝撃なんです。これは同世代は皆、特別な記憶として残っているはずです。冒頭の場面で宮沢りえが走って校門をすり抜けて学校に登校するんです。管理教育の全盛時代なので、僕らの世代は遅刻の取り締まりの厳しさを実体験として知っています。1990年の神戸の高校で、校門に挟まれた女の子が亡くなるという事件が起きた時に、これはたいへんなことが起きたと思うと同時に、いつかそうなるだろうなとも思っていた。映画ではスリリングな場面として見たんですが、それは最悪の事件を予見もしていたんです。『ぼくらの七日間戦争』と校門圧死事件は、僕らの世代が経験したコインの裏表でした。

――学生運動世代は、団塊ジュニアの親世代ですよね。

速水:親の両親は戦後生まれで、世代的には学生運動とかビートルズとかの直撃世代ですね。僕は小学生の頃にチェッカーズがデビューして、当時のクラスの女の子たちの9割がここでフミヤ(藤井郁弥)のファンになりました。僕も大好きで、そのレコードの貸し借りの輪に入れてもらってました。小学5年生の時くらいです。当時、うちの母親もチェッカーズが好きで、この音楽は60年代の音楽の影響を受けているんだって教わったんですよ。そのあとでオールディーズとかに興味を持った。だから親世代の文化への興味って僕にはずっとあるんですが、チェッカーズと『ぼくらの七日間戦争』がきっかけだったような気がします。

――速水さんは、そのチェッカーズをはじめ、中森明菜、稲垣潤一などの作詞をした売野雅勇『砂の果実』(今年文庫化)の編集協力を担当していましたね。

速水:編集者としての僕の最近の仕事でいうと、売野さん関連の仕事をいくつかお手伝いしました。売野雅勇40周年記念のコンサートのパンフレットの編集、自叙伝の文庫化もお手伝いしました。僕の本でも自分の10代の頃に最初に買ったレコードの話(厳密にはカセットテープ)としてチェッカーズの『絶対チェッカーズ』(アルバム)の話に触れているんですが、売野さんとの仕事は、本を書いたあとにやったものなので、完全に偶然です。僕自身は、おー、つながったなとすごく驚いています。

ーー80年代半ばは、レコードからCDへという変化の時代でもありました。

速水:最初に町のレンタルレコード屋に行ったのは、1984年だったかなと思います。小学生はなかなかレコードは買えなかったので、LPはレンタルで聴いたりしました。最初に借りたのは菊池桃子のアルバムですね。もう少し後にFMエアチェック(ラジオ番組の録音)にはまるようになる。86年くらいかな。レンタルレコード屋の隣にレンタルビデオ屋ができて、どっちも経営者は一緒なんだけど、入会金は別々でした。それがレンタルCDが出てきて、そのあたりからCD to カセットテープの編集機能付きのCDラジカセなんかが出てきて、次第にCDが出てきてエアチェックはしなくなる。アナログからデジタルへという変化は、ちょうど中学時代、ポップスに興味を持つ頃と重なってます。

――エアチェックは、当時は誰しもの生活に馴染んでいた文化ですよね。

速水:本の中でも当時のFM雑誌に触れて、エアチェックを趣味にしていた人の部屋について書いてますけど、エアチェックは、男の子でも女の子でも関係なく皆楽しんでいたという意味では、ファミコンブームよりも広く普及していた趣味だったと思います。FM雑誌が4誌も出ていてそれぞれ50万部以上売れていた時代がある。ちなみに、僕の4人家族のうち、3人がエアチェック用の機材を持って、別々にエアチェックをしていました。でも、皆がそれに夢中になっていた時期って、たかだか10年間くらいですかね。87、88年くらいから急速に衰えていきました。

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