バスケ漫画の傑作『I’ll-アイル-』「完全版」が描いた“試合より大切なもの”と浅田弘幸の“作家性”
2022年12月より順次刊行されていた浅田弘幸『I’ll-アイル-』の「完全版」が、先ごろついに完結した(全7巻)。
浅田弘幸の『I’ll-アイル-』は、1995年から2004年まで「月刊少年ジャンプ」にて連載された青春スポーツ漫画の傑作である。主人公は、立花茜と柊仁成。ともにバスケットボールへの熱い想いを抱きながらも、それぞれある理由から、高校進学後は違う道を歩もうとしていた少年たちだ。
しかし、同じ高校(国府津高校)に進学したふたりは、そこで運命的な再会(というのは、彼らは一度、中学時代に対戦しているのだ)を果たし、彼らが本来いるべき“場所”――すなわち、バスケットボールのコートに戻ってくる。そして、そんなふたりとどこか似た、心に傷を負った少年たち――東本彰彦、山崎義生、金本浩二らも加わり、「国府津高校バスケットボール部」というかけがえのない“居場所”が形づくられていくのだった……。
青春漫画では“何げない日常”の描写が重要
あらためていうまでもなく、90年代を代表するバスケ漫画といえば、井上雄彦の『SLAM DUNK』ということになるだろう。じっさい『I’ll-アイル-』もまた、同作のヒット(と日本におけるNBAブーム)を受けて、編集部主導でスタートした企画だったようだ。
しかし、浅田弘幸は誰かのヒット作の二番煎じのような物語を描くつもりはなかった。というよりも、そんなモノはハナから彼に描けるはずはないのだ(そういう意味では、浅田弘幸は不器用な作家である)。
ならば、浅田が『I’ll-アイル-』という作品でいったい何を描いたのかといえば、それは、一見バスケットボールとはなんの関係もない、登場人物たちの何げない日常の中で起こる、小さな事件の数々だった。
この点が、同じ高校バスケの世界を描いた『SLAM DUNK』と『I’ll-アイル-』の最も異なるところだといえはしないだろうか(逆にいえば、『SLAM DUNK』は、そうした選手たちの日常生活をほとんど描かないことで、“バスケのことしか見ていない少年たちの青春”を描き切ったともいえよう)。
むろん、『I’ll-アイル-』もまた、「スポーツ漫画」である以上、作中で行われる試合の描写は圧巻だ。とりわけ、物語全体のクライマックスともいえる強豪・葉山崎高校との一戦は、結末を知っていながら、何度読んでも胸が熱くなる。
だが、それでもなお私は、『I’ll-アイル-』という作品が、誰の心にも響くような名作になったのは、試合の結果よりも大切なもの――つまり、“いま、仲間たちといるこの場所”を大切にしようとする、登場人物たちの何げない日々の暮らしが丁寧に描かれているからなのだと思っている。