浅田弘幸『完全版 I’ll-アイル-』“青春漫画“としての魅力「かけがえのない、心から安心出来る居場所をつくりたい」

 連載終了から約20年――浅田弘幸の『I’ll-アイル-』が、「完全版」のコミックスとして甦り、漫画ファンの間で再び熱い注目を集めている(『完全版 I’ll-アイル-』は、小学館クリエイティブより現在2巻まで発売中。全7巻刊行予定)。

スポーツ漫画ではなく青春群像劇

 『I’ll-アイル-』は、1995年から2004年まで、「月刊少年ジャンプ」にて連載された、バスケットボールに青春をかけた少年たちの群像劇だ。主人公は、立花茜と柊仁成という2人の少年。

 何かとしがらみの多い“部活のバスケ”に嫌気がさしていた立花と、バスケットボール界のエリートである父と兄に反発していた柊。物語は、中学時代は別々のチームにいたこの2人が、同じ高校(国府津高校)のバスケ部に入部することで動き出す。

 驚異的な跳躍力が売りの熱血漢とクールな天才という、一見対照的なこの2人は、ようやく頼れる“相棒”――それは、立花にしても柊にしても、心から求めていながら、なかなか得られなかったものである――を得て、一度はやめようと考えていたバスケットボールに、再び真剣に向き合うようになる。また、それだけでなく、彼らに引き寄せられるように、心になんらかの傷を負った“仲間”たちが、1人、また1人と集まってくる……。

 そう、つまりこの『I’ll-アイル-』という作品で、浅田弘幸がもっとも描きたかったのは、あくまでもそうした少年たちが集い、「国府津高校バスケットボール部」というかけがえのない“居場所”を作っていく過程であり、決して白熱した試合の様子などではないのだ(むろん、物語の大きな山場とも言える、2つの試合の描写は圧巻ではあるが――)。

 そういう意味では、本作は「スポーツ漫画」ではなく、「青春漫画」として分類すべき作品なのだと私は思う。

“どこか”ではない“ここ”へ

 じっさい、今回の「完全版」に収録されているインタビューでも、浅田は「居場所」というものについて、こう答えている(聞き手は筆者)。

 僕自身、施設に預けられていたこともあって、幼い頃からずっと「僕ここにいて良いのかな?」と思いながら生きてきました。心から安心出来る居場所が欲しかった。

 学校や家、様々な環境で読者の中にもそう感じてる子はきっとたくさんいる。大丈夫、いつかきっと、と希望をもってもらうのが僕が描ける「少年漫画」だと思ったんです。必殺技で敵をボコボコに倒す漫画は俺描けないし。でも、自分のような子たちに寄り添うことならきっと出来るはずだと。

〜『完全版I’ll-アイル-』2巻(浅田弘幸/小学館クリエイティブ)所収「浅田弘幸インタビュー『I’ll-アイル-のこと』2」より〜

 実はこの、“自分のような子たちに寄り添いたい”という想いこそが、浅田弘幸という漫画家が持っている最大の強みであり、そんな彼が本作で描いた、「人と人とが“心”でつながっていく」というテーマは、次の作品(『テガミバチ』)でより深みを帯びていくことになる。

 なお、『I’ll-アイル-』の最終話では、物語の語り手でもあるヒロイン、芳川菫のこんなナレーションが挿入される。

ずっと………
ずっと先の
遠い時間に
私は
あの頃と同じ
日だまりの海岸に立ち
あの頃と同じ
空を見上げるでしょう

私が
生きている限り
あの大切な日々は
色褪せることなく
私の中に
生き続けます
〜『I’ll-アイル-』9巻(浅田弘幸/集英社文庫)より〜

 そう、古今東西、「ここではないどこかへ」をテーマにした物語は数知れないが、浅田弘幸が『I’ll-アイル-』で伝えたかったのは、菫が言うところの「色褪せることのないあの頃の日々」――すなわち、“どこか”などではない“ここ”の大切さ、ということになるだろう。

 そして、そういう大切な“居場所”が誰にでも1つくらいはあってほしい、という作者の切実な願いが込められているからこそ、本作はいつの時代に読んでも胸を打たれるのではないだろうか。

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