話題の歌集『胎動短歌』、仕掛け人はバンドマン 辿り着いたのは「短歌」と「音楽」の共鳴性

話題の歌集『胎動短歌』とは?

 胎動LABELの新刊『胎動短歌Collective vol.4』が11月11日に開催された即売会「文学フリマ東京37」で先行販売された。『胎動短歌Collective』とは、歌人のみならずラッパーやミュージシャンが寄稿するなど、ジャンルを越えた人選による歌集として注目を集めているシリーズで、2017年に発売された創刊号を皮切りに、2022年にはvol.2、2023年にはvol.3が刊行。いずれも即売会で長蛇の列を作り短時間でソールドアウトするなど、話題となっている。

 そこで今回は、胎動LABELの代表を務めるikoma氏に直撃。そもそも胎動LABELとは何か。歌人以外の著名人も短歌を寄稿している「胎動短歌」シリーズはどのようにして生まれたのか。謎多き実態と、ikoma氏の人物像に迫ってみた。(とり)

イベントレーベルから始まった「胎動短歌」

——『胎動短歌Collective vol.4』の発売、おめでとうございます。今回は、その『胎動短歌』シリーズについて伺っていきたいのですが、ikomaさんは歌人……ではないですよね?

ikoma:僕の主な活動は、イベントオーガナイザーです。他にも、イベントMCや音楽活動、渋谷のラジオ「渋谷のポエトリーラジオ」のパーソナリティなどいろいろやっているのですが、歌人じゃないことは確かです(笑)。

——オーガナイザーのikomaさんが、なぜ歌集を作っていらっしゃるんですか?

ikoma:それを説明するにはまず、僕の経歴と胎動LABELの話からさせてください。もともと僕は、短歌はおろか文芸とはずっと無縁の人生だったんです。むしろ中高時代は、パンクなどのアングラな音楽に傾倒していました。初めてバンドを組んだのは社会人になってからと遅めではあるのですが、先輩たちに誘われたハードコアバンドで、一般企業で働く傍らしばらく音楽活動もやっていたんですよ。

 ただ、社会のしがらみから逃れるための音楽活動だったにも関わらず、ライブハウスの中でもヒエラルキーがあることに、だんだん違和感を抱くようになって……。そんなとき、最寄りの駅前でサイファー(複数人のラッパーが集まり、輪になってフリースタイルを披露しあうヒップホップ用語)をやっている人たちに出会いました。それをきっかけにHIPHOP界隈に出入りするようになり、バンドとHIPHOPのカルチャーを混ぜ合わせてイベントを企画したら面白そうだなと思ったんです。それがオーガナイザーとしての活動の始まり。そのとき企画した音楽イベントの名前が「胎動」だったというわけです。

——異文化を混ぜ合わせることで何かが生まれる予感がする。そんな始まりを感じさせるイベント名ですね。

ikoma:まさに、ネーミングの理由はそんなところです。その後もバンドとHIPHOPだけにとどまらず、「胎動LABEL」と名乗って“ジャンルの壁を越えたイベント”をいろいろ企画しました。例えば、ビジュアル系とメタル系を対バンさせるとか、そこにアイドルを混ぜてみるとか。一見、交わらなさそうなカルチャーをあえて混ぜ合わせるのが刺激的で楽しかったんですよ。全くお金にはならなかったけど、2011年頃から、最初のうちは半年に1回のペースでイベントを開催していましたね。

右から、胎動短歌Collective vol.3、胎動短歌Collective vol.2、胎動短歌Collective 創刊号

——なるほど。ikomaさんのルーツが分かってきた気がします。とはいえ、そこからどのようにして歌集を作ることになるのでしょう?

ikoma:「胎動LABEL」としてイベントを企画していく中で、HIPHOPのトラックや音楽に乗せて詩を読む、ポエトリーリーディング (詩の朗読)の文化に出合ったことが大きいです。詩集なんて一度も読んだことのない僕でしたが、ポエトリーリーディングのイベントは、妙にアングラチックな雰囲気があってカッコよくて。その流れで短歌の朗読会に参加してみたら、不思議なことに、歌人の方とものすごく波長が合ったんですよ。朗読会後の打ち上げなんて、普段、飲み会にあまり積極的ではない僕が四次会まで参加したほど盛り上がって(笑)。歌人のみなさんも、「胎動LABEL」の活動や僕が企画したポエトリーリーディングのイベントに興味を持ってくださったおかげで、一気に距離が縮まりました。のちに『胎動短歌』で大変お世話になる歌人の木下龍也くんに初めて会ったのもこのときでしたね。

 そうして、イベントに歌人の方をお呼びしたり、交流したりしていくうちに、改めて短歌という文化を知り、歌集作ってみたいかも! と思うようになったんです。完全にノリでしたね(笑)。でも、僕みたいな短歌とは無縁の人間が歌集を作ろうとしていることを面白がってくれたのが木下くんだったんです。彼のおかげで、僕もどんどんやる気になってきちゃって。そうして2017年にできたのがファーストの……って、何だかアルバムみたいに言っちゃいましたけど(笑)、1冊目の『胎動短歌Collective 創刊号』です。まとめると、短歌そのものに影響を受けたというより、イベントを通して、個性豊かな歌人のみなさんの人柄に惹かれたのが、歌集を作るきっかけになったという感じですかね。

——面白い経緯ですね。実際、創刊号は、勢いを感じる分やや荒削りというか。インディーズバンドのアルバムみたく、シンプルな仕上がりなのが印象的です。

Ikoma:あはは。本当にそうですよね。表紙のデザインもフライヤーっぽいですし、歌集というものを何も分かっていないのがまる分かりのレイアウトでお恥ずかしいです(笑)。自分が歌集を作るなんて、全く想像していなかったですからね。

コロナ禍で思い至った「本でフェスをやろう!」

——創刊号発売から5年後の2022年には『胎動短歌Collective vol.2』が刊行。当時の文学フリマでは販売開始直後に長蛇の列ができ、2時間半でソールドアウト。その異例の反響が大きな話題となりました。

ikoma:400部くらい刷っていったのが一瞬でなくなりました。SNSで文フリの出店告知をした時点でそこそこ反応があったので「よかった〜」とは思っていたのですが、想像以上に買いに来てくださる方がいてびっくりしましたよ。本来なら「誰かお目当ての歌人の方がいらっしゃるんですか?」と、一人ずつお話ししたかったものの、当然そんな余裕はなく。完売した後も、何が起こったのか分からない、みたいな状態でした。

——大反響の要因は何だったんでしょう?

ikoma:創刊号もそれなりに反響があったので、vol.2を待ってくれている人がいるのは何となく分かっていたんです。さすがに5年も待ってくれていた人は少数でしょうけど(笑)。

 それに加えて、創刊号からvol.2までの間にじわじわと短歌ブームが来ていたことが大きい気がします。今や現代歌人を代表するほど人気者の木下くんですが、それを見越して一緒にやっていたわけではないですし、たまたまなんですけどね。

11月11日に開催された「文学フリマ東京37」の様子

——反響があったにも関わらず、創刊号からvol.2を作るまでに5年も期間が空いたのはなぜですか?

ikoma:あくまでも創刊号はノリで作ったものだったし、僕の主な活動はイベントを企画することだから、具体的に2冊目の話にはならなかったんですよね。もちろん、創刊号を作ったからには続けたい気持ちもあったのですが……。

 2冊目を作ろうと思ったのは、コロナ禍の影響です。「イベントができない。どうしよう……そうだ、本でフェスみたいなことをやろう!」って。単純だけど、それがきっかけでした。

 ちょうど2冊目を作る前に、名古屋で「ポエトリーブックジャム」という詩の朗読と本の野外フェスを企画していたことも大きいですね。結局それは配信でのイベントになってしまったのですが、そのときに名古屋在住の歌人・荻原裕幸さんや、名古屋で中華屋「平和園」を経営されている歌人の小坂井大輔さんなど、新たな歌人の方と知り合えたことも、2冊目を作る原動力になりました。

——本でフェス、ですか。ikomaさんらしい発想ですね。

ikoma:実際に『胎動短歌』に寄稿してくださっている歌人の方を全員集めてフェスをやっても、1000人を集客するのはなかなか大変だと思うんです。何度か1000人規模のイベントを企画したことがあるから分かるのですが、2回目、3回目となれば、なおさら難しいはずです。でも、たとえイベントのチケット代と同じ価格でも『胎動短歌』として本にすれば1000部売ることができる。それだけモノに愛着のある人たちがいるというのは、イベントを企画するだけじゃ気づけなかった面白い発見でしたね。

 さらに出版や書店などの業界に詳しい「双子のライオン堂」の竹田信弥さん、ライターの宮崎智之さんの協力を得て、より本格的なものになり、規模も拡大できました。

 ちなみに、竹田さんは「渋谷で読書会」、宮崎さんは「BOOK READING CLUB」という番組を渋谷のラジオでやっています。「ポエトリーブックジャム」と「胎動短歌」でもお二人にはとても協力してもらっていて、これからもラジオを一つの大事な軸にしつつ、東京ローカルともいえる文化シーンが築ければ、なんて話をしています。

11月11日に開催された「文学フリマ東京37」の様子

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