アントニオ猪木、どんな存在だったのか? “不撓不屈”のバイタリティと終わりなきミステリー

アントニオ猪木、どんな存在だった?

  2022年10月1日に心不全で亡くなったアントニオ猪木。

  ときが流れるのは早いもので、その喪失感を抱えたまま、あっという間に一周忌が巡ってきてしまった。菩提寺となる横浜市鶴見区の總持寺には猪木像が建てられ、命日は朝から多くの猪木ファンが墓参に訪れた。

   10月6日に公開された映画『アントニオ猪木をさがして』をはじめ、ここにきて猪木の歩んできた軌跡を改めて検証する作品が相次いで発表されている。

  アントニオ猪木はもうこの世にいない、という現実をようやく受け止め、「猪木とはどんな存在だったのか」を総括できる時期になったのかもしれない。

『アントニオ猪木とは何だったのか』

  猪木に魅せられ、(良い意味で)人生を狂わせられた人々たちによる想いを綴った書籍『アントニオ猪木とは何だったのか』(2023/集英社新書)も、1周忌直前にリリースされた一冊。入不二基義、香山カ、水道橋博士, 、ターザン山本、松原隆一郎、夢枕獏 、吉田豪。猪木に想いを寄せる7人の論客それぞれの猪木論。栄光だけでなく挫折や失敗も触れ、それでも猪木を愛してやまない愛情が伝わってくる。特に最後を飾る吉田豪氏の章では、猪木のエキセントリックなエピソードやスキャンダルの数々が赤裸々に綴られ、これもファンが期待する猪木像のひとつといえる。

  そう、猪木の魅力は、プロレスラーとしての天才性だけではなく、多くの失敗や挫折、スキャンダルを乗り越えてきた、不撓不屈のバイタリティにある。

  スキャンダルといえば、こちらの猪木論も読み返してみた。

「猪木とは何か?」

 

「猪木とは何か?」(1993年/芸文社)。今は無き『紙のプロレス』という雑誌の別冊ムック本として発刊された『猪木とは何か?』は、1993年におきた猪木の政治スキャンダルをテーマとした内容だ。

  1989年にスポーツ平和党を結成し政治家へと転身した猪木は、1990年の湾岸戦争時にイラクの日本人人質解放の立役者となったが、1993年には公設第1秘書であった
佐藤久美子氏、スポーツ平和党幹事長の新間寿氏らによって「政治資金規正法違反」、「収賄」疑惑などが告発され、大きなスキャンダルに発展。そんな逆風吹き荒れる猪木を援護射撃する形で本書は制作された。

  スキャンダルの仕掛け人である新間寿氏は、元新日本プロレスの専務取締役兼営業本部長であり、かつては猪木との二人三脚で団体を盛り立てたキーパーソン。いわば身内からの造反劇だった。また、週刊現代の告発記事を担当した記者も熱狂的な猪木ファンであり、
また熱狂的な猪木ファンであり、愛憎入り混じるなかでスキャンダルを告発したことが本書で明かされていく。

  本書では猪木本人も取材に応じ、スキャンダルを振り返っている。報道の多くがデタラメだったと一笑に付し、佐藤、新間両氏に対しては「俺はあいつらを恨んでるつもりはないんですよ。恨んでるヒマもねえんですよ」、週刊現代には「どうぞ1年でも2年でも書きやがれ、好きなだけ書け」と猪木節。本音は苦しかったとしても、それを微塵も見せずに豪快に笑い飛ばすのだった。

   プロレス、事業、政治──すべてにおいて大志を抱き、誰も成し遂げていない偉業に挑んできた猪木だけに、常人には想像できない程の大きな失敗や挫折もたくさん経験してきた。   

  特にプロレスラーとしてのピークが過ぎた1980年代以降は事業アントンハイセルの失敗、借金苦、重度の糖尿病、選手のクーデーター、離婚……と幾多の受難が続く。信頼していたパートナーや仲間の多くが離れていくなかで、それでも「どおってことねぇよ」と前を向いてきた猪木。ファンは、そんな苦しみから立ち上がる猪木の雄姿を何度も目の当たりにしているからこそ、どれほどどん底であっても猪木を見捨てたりはしない。むしろ勇気をもらえるのだ。

  そして猪木と仲たがいをした関係者も、新日本プロレスを一旦は飛び出していった門下のプロレスラーだって、心の底では猪木を慕い、ときを経て、そのほとんどが和解している。猪木と離れることで、その偉大さに気付かされることもあるだろう。結局はみんな猪木のことが大好きなのだ。

  そんな猪木の摩訶不思議な求心力の正体は何なのか──それを小さなコラム内で解き明かしていくこと自体がおこがましい。猪木を考えることは結末のわからないミステリーのようなもので、最終的には謎に包まれたまま途方に暮れていく。その終わりのない謎解きもまた、猪木ファンにとっては堪らなく楽しいことだったりするのだが。

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