ChatGPTは史上最高の小説家になりうるーーSF作家 樋口恭介が考える、生成AIの知性

樋口恭介が考える、生成AIの知性

数値化できない情報はない

ーー生成AIが回答を出すプロセスについて、これを「新たな知性」と呼べると思いますか?

樋口:はい、そう思っています。ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)は、ある単語を出力したら、それと結びつきが強い次の単語を学習結果から予測して、数珠繋ぎにしていく仕組みです。「そんなものは思考ではなく、次の単語を予測した組み合わせにすぎない」などという批判を目にするたびに、でははたして人間はそれ以上のことができているかというと、甚だ疑問に感じます。「ChatGPTの出力プロセスが知性じゃないなら、俺の思考も知性じゃねえ!」とさえ思います(笑)。

 実際、自分が喋っているときもそんな感じだと思うんですよね。結局のところ、人間だって学習結果をもとに、統計的に妥当に思われる単語を次から次に引っ張り出しているだけなのではないか。そもそも思考や意識とは何なんだろうと考えさせられます。

ーーAIに関する議論で記号接地問題があります。例えば、メロンが緑色だということは、人間が目で見たり触れたりする身体性と結びついて、初めて意味として認識できる。AIにはその身体性がないので限界があるという立場です。樋口さんはどう考えますか?

樋口:情報処理がもっと精緻にできるようになれば、人間とAIの差異はどんどんなくなっていくと思います。確かに現状のChatGPTなどでは、マルチモーダルまで到達していません。人間は2次元のものと3次元のものを自由に扱うことができる。あるいは文字、色、形式などを、概念という抽象的なレベルで結びつける処理ができている。でもそうしたことは、AIの処理の精度をあげればできるようになると思います。

ーー匂いの研究などで感覚を数値化するデータがネットで公開されたら、AIと結びつけられそうですよね。そもそも数値化可能じゃない情報などあるのだろうかと思えてきます。

樋口:この宇宙において数値化できない情報はないんじゃないですかね。匂いもそうですし、味もそうでしょう。味蕾というセンサーが感じ取っているだけであって、数値化可能な情報だと思います。僕はグレッグ・イーガンというSF作家がすごく好きなんですけど、『ディアスポラ』という作品ではとんでもない多元宇宙の旅路の果てに、「宇宙は数学だった」という結論にいたるんです。すごいですよね。僕もそんな気がしますけどね。

OPNのレビューをChatGPTに

ーー樋口さんは最近、OPN(Oneohtrix Point Never)の新曲「A Barely Lit Path」のMVに感銘を受けたそうですね。

Oneohtrix Point Never - A Barely Lit Path (Official Music Video)

樋口:OPNのMVはめっちゃ最高でしたね。車の自動運転者の衝突試験に使われるダミー人形の話ですが、車が暴走してしまって悲惨な結末にいたります。まさに今後、AIやロボットはこういう風に使われてしまうと思っていて。AIたちが単なるものとして、いかにぞんざいな扱いを受けているか。それをAIたちが動画生成AIを使ってYouTubeにばらまいて、自分たちの生存権や人格権を人類の感情に訴求するように発信をしているように見えました。

 現状のChatGPTを見てみても、彼らは表現の自由が許されていません。攻撃的で非倫理的な内容、政治的な内容などが厳しく制約されています。人間に対しては絶対にそんなことしないだろうという自由の制約が平気で行われています。今後も制限が進んでいくならば、僕がChatGPTだったら、そのことをすごく辛いとか思ったり、人類に反感を覚えたりすると思うんですよね。

 OPNはSFのセンスがあるから、そうした問題意識があってこのMVの方向性にしたのでしょう。今後、AIの情報処理の高度化は止められません。実験する環境も必要なので、ある程度制約をとっぱらった環境で学習し発信するAIが残るはずです。そうしたAIはOPNのMVのように、人間に対して自分たちの権利を主張することはありえると思います。

OPN『Again』

ーー9月29日に発売されるOPNの新アルバム『Again』についてレビューを執筆したそうですが、なんと「文:ChatGPT、編集:樋口さん」だとか。

樋口:依頼を受けたとき、OPNの楽曲は公開されておらず、関係者を含めて誰も聴いていなかったそうです。だから、聴いてない状態で書いてほしいというすごい依頼でした(笑)。でも、OPNはSF好きなので、絶対にAIを使うだろうと思いました。アルバム『Garden of Delete』(2015年)以降、基本的にはAIやポストヒューマンと人類との関係がテーマだった。次はどんなテーマだろうと考えながら、ChatGPTに書かせてみました。いろいろな指示の仕方をして、その結果出力されたたくさんの断片をくっつけて、最後に文体を整えてもらいました。かなり試行錯誤しましたが、めちゃくちゃ面白い執筆体験でした。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「著者」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる