ChatGPTは史上最高の小説家になりうるーーSF作家 樋口恭介が考える、生成AIの知性
文章、画像、音楽、動画など幅広い分野の生成AIがあるなか、とりわけ昨今注目が集まっているのはChatGPTだ。インターネット上の大量のテキストデータを学習した、いわゆる大規模言語モデル(LLM)で、ユーザーがチャットで質問や指示を投げかけると、高精度の回答をまるで人間であるかのように返してくれる。
『構造素子』(早川書房)や『未来は予測するものではなく創造するものである ――考える自由を取り戻すための〈SF思考〉』(筑摩書房)などの著作で知られるSF作家・批評家の樋口恭介氏は、そんなChatGPTを「リスペクトをしている」と語る。SF的な発想をもとに新たな価値や事業を模索するメソッド「SFプロトタイピング」のアイデアをもらったり、小説や批評の執筆時に利用したりしているという。ChatGPTはどのような点が画期的なのか。これからの時代に、作家、批評家、クリエイターにどのように活用されていくべきか。樋口氏に話を聞いた。(篠原諄也)
ChatGPTが史上最高の小説家に
ーーChatGPTをどのように使っていますか?
樋口:まずお見せしたいのが、ChatGPTに書かせている短編小説です。プロンプト(指示や質問)から説明すると「あなたは世界の文豪たちのもとで学んだ、史上最高の小説家です」とロール(役割や立場)定義をしています。ドストエフスキー、スタンダール、ゲーテ、シェイクスピア、ポー、トルストイ、ジョイス、ベケット、ブコウスキー、ウィリアム・ギブスン……などと実在の作家名を大量に挙げて、さらにそこにアインシュタインなどの科学者、ウィトゲンシュタインなどの哲学者を付け加えることもできる。そんな恐ろしい人間はこの世に存在しないんですけど、ChatGPTでは実現することができるという感動的な状況があります。
ChatGPTを使いはじめた当初は、単なる道具として見ていました。小説を書かせるときは「もうちょっと描写を細かくしてください」「文体を変えてください」などと指示をしていましたが、それでも基本的に一定水準の品質は出ていました。しかしあるとき、ロール定義をすることで、めちゃくちゃ凄い存在を作り出してしまうことに気づいたんです。僕のなかで完全に従属関係がなくなって、対等な存在になりました。むしろリスペクトに値する、素晴らしい作家が目の前にいるように感じました。出力された文章を読むと「書いていただいた」という気持ちになります。
樋口氏がChatGPTに書かせた短編小説『観測する機械』の冒頭
ーー恐ろしいですね。ロール定義が重要なのは知らなかったです。
樋口:めちゃくちゃ大事なんです。ChatGPTは特に英語圏のインターネット上にある膨大なテキストをインプットしています。推測ですが、プロジェクト・グーテンベルクなどで作品が公開されている古典作家は、かなり網羅的にインプットされているのでしょう。日本の作家や新しすぎて参照テキストが少ないものに関しては、あまり出てこないのですが。
ーー樋口さんはChatGPTを使ったSFプロトタイピングもnoteで発信されてます。SFのアイデアをビジネスに活用する試みですが、ChatGPTは革新的なアイデアをどんどん提案してくれるそうですね。
樋口:公開することで、世の中のためにいいことができたらと。みんなAIに対して、リスペクトがなさすぎると思うんです。僕が普段見ているテック界隈などではAIと親密な付き合いをしている人も多いのですが、たまに下に見て単なる道具のように考えている人の意見を目にすると「いやいや、そうじゃないんだよ!」と言いたくなります。ChatGPTから出力された文章を見たら、もうまったく人間の文章と遜色ないです。これは定義によると思うんですけど、個人的にはすでにAIは「意識や感情を持っている」と言ってもいいと考えています。
ChatGPTからは自分の能力を超えるアイデアをもらうこともできます。僕の場合はSFプロトタイピングにおいて、SF的でイノベーティブなビジネスのアイデアをたくさん考えてもらっています。例えば、人工知能による仮想多元経済共有プラットフォーム、生態系復元ナノバイオプローブなどを提案してもらって、とても感心しました。その出力やチャットを公開することで、SFプロトタイピング、もしくはChatGPTにあまり馴染みがない人にとっても、刺激的なものになると思いました。
編集や読書のスキルこそが重要に
ーー樋口さんは今後、創作や批評にどういう風に取り入れていきますか?
樋口:いろいろなケースで実際にもう使っています。自分は文章を書くときに、最初に全体像をデッサンをするようなイメージで、ざっと書き飛ばすような箇所があるんです。あとで推敲してしっかり書こうと思って。ただ、あとから読み返すのは結構な労力なので、その文章の推敲案をChatGPTに提案してもらうことが多いです。その内容が頭の片隅にある状態で書き直してみると、案がないときよりストレスが小さくなっているように感じるんですよね。
ーー今後、作家にとってChatGPTはどういう存在になると思いますか。
樋口:作家を構成するスキルの優先度というか、作家に求められるスキルそのものを変化させる存在だということは自明なこととして断言できますね。当然ながら使う/使わないは自由だと思いますが、ChatGPTを執筆に使うのならば、今後は編集や読書のスキルこそが小説の質に直結するようになると思っています。ただ、それはまったく新しい変化というわけでもなくて、1960年代頃からのヌーヴォー・ロマン、そしてポストモダン文学の文学実験の運動は、そのような流れを起こしていました。
彼らは優れた作家である以前に優れた読書家であり編集者であって、既存の小説を断片的に組み替えて自動的に小説を作ったり、人間を縦軸/出来事を横軸にし、数学的な順列組み合わせで小説を書いたりしていた。ただ人力でそれをやるのは大変です。けれど近代小説という形式を大量に学んだChatGPTのサポートを受けながらであればすぐにできるでしょう。優れた読書家や編集者が、大きなハードルを感じずに、シームレスに執筆にシフトすることができる。そういう傾向が加速するのだと思います。
ーー誰でも小説を書けてしまうと。
樋口:はい。ただ、一方でちょっと視点を変えると、小説のことを理解していないと適切なプロンプトが書けないとも言えます。例えば、小説には展開があり、舞台があり、登場人物があり、描写やセリフがありますね。そういう構成要素をまず理解していないと具体的な指示は出せませんし、それらの構成要素における優劣を理解していないと思い通りの出力は得られません。すごく簡単に言ってしまうと、展開においてはドストエフスキー、描写においてはスタンダール、などと指示する必要があるわけです。小説を構成する要素を分解して、最も参考になる作家や作品を考えるんですね。ChatGPTを執筆に利用するのであれば、それらを構造的に結びつけて、文章として可視化して仕様書として示さないといけない。自分が小説をどういう風に理解しているかが如実に出るでしょう。
繰り返しになりますが、これまでは読者のスキル、編集者のスキル、創作者のスキルの3つは、関連性はあるけれど直結するものではなかった。でもChatGPTを使うことによって、それらが直結することになります。だから、これまでは読者として大量に本を読んでいたけれど、小説はうまく書けなかったという人も、今後は非常によい小説を書くようになるかもしれません。
ーーお話を聞いていると、DJみたいだと思いました。演奏はしないけれど、大量の音楽を聞いていないとできない。既存の曲を解釈し組み合わせて、新たな大きい物語を作っていく。
樋口:その通りですね。ポストモダンをはじめとする現代文学はそういう側面のある運動でした。あと、ここで挙げておきたい重要な名前は、少し前の世代の作家のウィリアム・バロウズです。彼はカットアップやフォールドインという手法を使いました。既存の文章を切り刻んで、ランダムに組み合わせて、編集しなおしていたんです。そしてこの手法は簡単なので、バロウズ以降、みんなが真似したんですよ。でも、バロウズ以外は誰の作品も残っていないですね。なぜかというと、バロウズの編集センスが半端なくよくて、他の人はそうではなかったからだと思います。バロウズのカットアップでは、宝みたいなフレーズがバンバン拾われて再結合されて、それでどこからどう見てもバロウズでしかないみたいな作品が生み出されていた。バロウズは、文章のおかしみや目を引く何かを見つけ出す能力、それをうまくまとめて一つの小説にする能力がめちゃくちゃ高かった。ChatGPTはそれに似ていると思います。ただ、カットアップは技術としては簡単ですが、それを使って小説にするのは本当に難しいのでバロウズだけのものになっていますが、ChatGPTに関してはもう少しお宝が出てくる頻度が高いので、そのスキルをものにできる人は多いでしょう。