大谷翔平の活躍、WBCでの劇的な優勝……現実が漫画を超えるなかで輝く『忘却バッテリー』アニメ化を機にその魅力を解説

アニメ化『忘却バッテリー』の魅力

 漫画アプリ「少年ジャンプ+」で好評連載中の野球漫画『忘却バッテリー』(みかわ絵子)のテレビアニメ化が発表された。現実の野球界で“漫画でもやりすぎ”な出来事が相次いでいるなか、ある意味で野球漫画には逆境ともいうべき状況が生まれているように思えるが、それでも新たな人気を獲得しそうな作品である。

 第5回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での日本代表=侍ジャパンの劇的な優勝、そして大谷翔平の米メジャーリーグでの歴史的な活躍と、チームとしても個人としても、世界を舞台に到達点というべきドラマが展開されている。連日の報道を見ても「野球」という競技自体への注目度は増していると言えそうだが、創作においてはちょっとやそっとのドラマでは現実を超えられず、読者に刺激を与えることが難しくなった側面は否めない。特に競技でのサクセスを描くタイプの野球漫画においては、その傾向が顕著だろう。

 そんななか、『忘却バッテリー』は“競技外”でフックになる要素が多く、野球に関心のない読者も巻き込んで人気を高めてきた。

 あらすじを紹介しよう。中学野球で圧倒的な活躍を見せた、剛腕ピッチャーの清峰葉流火と、“智将”の異名をとったキャッチャーの要圭。この最強バッテリーは当然、全国の強豪校からスカウトを受けていたが、彼らが進学先として選んだのは、なんと野球でなんの実績もない無名校・東京都立小手指高校だった。その理由は、要が記憶喪失により野球の知識を失い、野球と出会う前の“アホ”に戻ってしまったから。清峰は最高の能力を維持しているが、要以外の選手とバッテリーを組むつもりがなく、同じ高校を選んでいたーー。

 記憶を失った天才と相棒のスーパースター、その二人のせいで野球の道を諦めた有望選手たちが無名の野球部を躍進させていく……というダイナミックなストーリーにフックがある。一方で、特に序盤は野球漫画にはそれほど多くない、コメディ要素を前に出したコミカルな作話でもファンを獲得していった。

 さらに、キャラクターもツボを押さえている。要圭は“可愛いアホ”でありながら、体が覚えている技術や、キャッチャー時代に培った人の心理を読む感性があり、そのギャップが魅力的だ。野球のことしか考えていない清峰葉流火は、基本的に無愛想で自分勝手だが、圧倒的な能力を持ちながら要を溺愛しており、隙のある

 キャラクターになっているのが面白い。野球部の活躍以上に、この二人の関係性を追いかけているファンも多い。

 また、二人にコテンパンにやられて一度は野球の道を諦めたキャラクターたちも個性的だ。強肩強打で高いポテンシャルを持つ遊撃手の藤堂葵は、一見ぶっきらぼうだが根は真面目で、ブロンドの長髪がカッコいい。打撃も守備も技術力が極めて高く、皮肉屋だが知性が光る千早瞬平は、インテリイケメンキャラの王道だ。

 そんななか、体格にも才能にも恵まれず、名前だけは野球がうまそうな山田太郎が、いい味を出している。基本的に、個性的すぎるチームメイトに対するツッコミ役となる常識人ポジションだが、その野球愛と人柄のよさで、チームを支えていく。わりとはちゃめちゃな『忘却バッテリー』がきちんと野球漫画になっているのは、山田の功績が大きい。

 このように、設定に読者の関心を惹くフックがあり、競技外のコメディパートが充実していて、それぞれにファンがつく個性的なキャラクターと関係性の面白さがあり、それでいてしっかり野球漫画である、という珍しい作品が『忘却バッテリー』だと言える。特に序盤は、がっつり野球という競技を味わいたい、という読者には馴染まないかもしれないが、新たなファン層を獲得し得る本作は、紛れもなく「野球を盛り上げている」作品だと言える。気になる人は、アニメとともに原作をチェックしていただきたい。

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