小説家・原田ひ香 × スープ作家・有賀薫『まずはこれ食べて』対談 「料理にも小説にも正解はない」
料理にも小説にも正解はない
原田:ありがとうございます。家庭料理と共通点を感じることもありますか。
有賀:そうですね。家庭料理でも、皆さんがよく正解を求めるんですよ。夫婦の家事シェアの話でも、奥さんにとっては正解があるから、「どうしてこういう風にやってくれないの?」となるけど、相手側から見たらそうじゃない視点があってすれ違いをしていて。それぞれ自分のストーリーがあって、さらに家族のストーリーもあるので、1つの正解にまとめるという難しさを感じたんですね。だから、こういう小説の中ですれ違いを見ると、自分の中で腑に落ちるというか。それこそ料理に関心のある人もいれば、無頓着な人もいますから。
原田:SNSでも、お料理にまつわる男女間のことや材料のことなど、些細なことで炎上していることがありますよね。本来はお料理なんて1番平和な話だと思うのに。ただ、一番身近なことだからこそ、許せないということはもちろんあるとは思うんですけど。先生のスープレシピもたくさんの方がご覧になっているだけに、正解を求められて大変なことがありそうです。
有賀:そうですね。私は「正解はありません」と言うしかなくて。みんなが暮らしの中で自分や家族のストーリーを見つけられることが重要だと思うんですけど、そこに目を向けず、他人のストーリーだけ見てはダメ。だから、私のスープではそうした自分のストーリーの見つけ方みたいなものを何かしら提示できたらと思っているんです。例えば、『スープ・レッスン』では出汁も使わず、最小限の野菜と塩だけとか、あとはオリーブオイルだけみたいなめちゃくちゃシンプルなレシピを作っているんですね。最低限、基本の美味しさだけは担保してあるので、あとは作る方が自分なりのアレンジをしたらいいと思うのです。なぜなら、その人が足したい味や食材が、その人やその家にとっての正解だなと思うので。トウモロコシのスープに牛乳を足してもいいし、トマトのスープに鶏肉を入れても、ベーコン、ソーセージを入れても、何もなければ他の野菜を入れても良い。自分で決めた方が楽しいし、そういうところが料理を作る喜びにつながって来ると思うんです。
原田:全部正解を決めてしまわないというのは、私の小説とも重なりますね。この作品で登場するお料理も、全部のプロットを考えた上で、当てはまる料理を決めたわけではないんです。昔は最初にプロットを書いていたんですけど、細かいところなどはその場その場で毎月決めていく方が良い気がして。まずは相手を見て、例えば全然料理をやったことがない人だったら、そういう人が作れるもので物語のシチュエーションに合うのは何か、と。
有賀:原田さんの作品はお料理のこと、お金のことなど非常にリアルですが、実際、普通の人の食べるモノやお財布事情、経済事情にはドラマがたくさんありますよね。というのも、私、ときどき10人以下の小規模イベントで、この3日間で食べたものを教えて下さいみたいなことをやるんですが、それがめちゃめちゃ面白いんですよ。そうすると、例えば夜ご飯は食べませんという人がいたり、飲むからつまみだけ作ってそれで終わりと言う人がいたり。自分がいかに普段、食事というものにとらわれているかに気がつくんですね。私のところに来る悩みで一番多いのも、毎日3食どうしたら良いかというもので、普段ちゃんとやっている人ほど、真面目な人ほどこのテーマで悩むんですよね。私自身にもそういう面がありましたが、もっといろんな人の話を聞くと、全然違う生き方があるのかもしれないと思いました。
原田:でも、本当に毎日食べるもののことって、悩みます。有賀先生はTwitterなどで毎日のようにスープを公開されていて、特に今みたいな時期、何作ろうか迷うときに季節のものなど、写真も載せていただいているのはすごく参考になるんですよね。
有賀:私は料理も好きだし、仕事にしているくらいですけど、それでも毎日のごはん作りに終わりがない感じは、どうしたらいいのかわからなくなってしまうことがあって。私は30年くらいライターをやっていて、スープを作り始めたのは10年ぐらい前からなんですが、その頃にTwitterとかを始めて、みんなが日々のご飯に悩んでいるんだな、自分だけじゃないなと思ったとき、少し共感性を持たせたようなレシピができたらいいのかなと思いました。それは小説に求めるものとも似ているかもしれない。誰かの人生を追いながら、共感したり、自分もどう生きたらいいかわからないし、答えが見つかるわけじゃないけど、何かとっかかりができたかもしれないという錯覚ができるのが重要なのかな、と。とりあえずレシピを見て「これ作ろうかな」と思うのは、まだ作っているわけでも買い物に行ったわけでもないのに、それだけでちょっと階段の踊り場に来たみたいな、一休みする感覚になることがあるじゃないですか。私達は食べなきゃいけないし、生きなきゃいけないから、日常の中でそういう何かちょっと手がかりというか、つかまるための何かが欲しくなるってこと、あると思うんです。
原田:私のお金の小説なども、そういう何かつかまるための手掛かりになればと思うところはありますね。
きっちり決めておかないほうが楽しい
有賀:私、原田先生に聞いてみたいことがあって。人物像を先に作り出すのか、それともストーリーがあって、そこに当てはまる人を書いていくのかということです。
原田:確かに脚本家さんとかで、最初に全部人物像を決め、経歴までがっちり作る方もいらっしゃいますよね。映像の場合、プロデューサーさん、ディレクターさんなどとイメージを共有できるので、その方が良いのかもと思うこともあるんですが、私は登場人物が増えていくたびに、結局その場その場で考えていくことが多いですね。主人公ぐらいはさすがにこんな感じでとお話ししますし、最初の数人ぐらいは考えているんですけど、2~3個の仕事を同時にやっているとどうしてもその場その場で考えていく感じになるんです。それに、主人公と会話をさせていくうちに、他の人のキャラクターが固まっていくこともあります。
有賀:では、『ぐらんま』の会社のメンバーも最初からある程度いたということで?
原田:そうですね。全然登場してこない柿枝さんもいました。他の人とはちょっと違う人を出したいと思って、「睡眠時間が少なくて、ずっと走り続けているような人」というのが根底にあって。エピローグも、実は、ある版・ない版両方考えて出したんですよ。逆に言うと、エピローグは消してもある程度問題なくまとまる形にして、編集者さんに「どうですか」と聞くと、エピローグのある版が採用されることが多いんですけど。
有賀:私もゴールを決めておくのが、すごく苦手で。これとこれが揃うとどんなものができるかはわかるけど、だったらもう少しフリーハンドでやりたいみたいな気持ちがあるんです。使う材料を決めているときでも、まだ何もレシピは思いつかずにとりあえず切って、そのうちに炒めてみようかなあと考え始めるとか、即興性が高いです。
原田:あらかじめきっちり決めておかないほうが、自分自身が楽しいということはありますね。
有賀:ただし、私の場合、『まずはこれ食べて』じゃないですけど、大事な場面のときに食べさせたいものははっきりと決めているんですよ。お豆腐のお味噌汁です。例えば子どもの受験とかの朝には、必ず豆腐の味噌汁を出します。受験の時とかってやっぱり特別なので、願掛けで「勝ツ」とか言ってカツを食べたりする人もいるじゃないですか。でも、いつもと違うものを出すと、いつもと違う感じで出て行くことになるから、なるべく普段と同じように家から送り出したいと思っていて。毎日食べ慣れていて、食べたかどうかも気が付かないような、そういうものがいいなと思ってやってきました。
原田:私の場合、家族が例えば出張とかから帰ってくるとき、夜8時とか微妙な時間で「夜遅くなるから外で食べて来ても良いよ」と言われることが結構あるんですね。そういうときは、相手が気を遣わないように「カレー作っておくよ」と言うんです。そうすると、食べても、食べなくてもいい、次の日食べてもいいしと言うと、「カレーだったら食べたい」と言って絶対食べずに帰ってくるんです(笑)。相手が好きなもので、作るのも楽だし、余っても次の日食べれば良いし、カレーうどんにしても良いし。ただし、1ヶ月に1回とかで、あまり乱発しないことが鉄則です(笑)。
■書籍情報
『まずはこれ食べて』
原田ひ香 著
発売日:4月12日
定価:803円
出版社:双葉社
双葉社『まずはこれ食べて』紹介ページ
https://www.futabasha.co.jp/book/97845755265470000000