吉川浩満による絓秀実評:「米子のふたつの夜ーー李さん、絓さん、レフト・アローン」『絓秀実コレクション1』特別寄稿より
思想や哲学、芸術など諸ジャンルを横断し、斬新な論考を多数発表してきた批評家、絓秀実。このたび、これまでの評論を総括的に纏めた新刊『絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代 』『絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年』(発行:株式会社blueprint)が7月4日に発売された。
三島由紀夫や花田清輝らに関する初期文学論から、1968年をめぐる社会運動・政治思想論、さらには映画、歌謡曲、B級グルメなどの風俗エッセイまで、これまで絓秀実は対象をつねに「いま」論じるべき意義から問いなおし、ポレミカルな批評=批判として表現してきた。
『絓秀実コレクション』では両巻ともに絓秀実の思想に通暁した批評家や思想家、編集者などの識者による特別寄稿を掲載している。そこで今回は『絓秀実コレクション1』より、編集者である吉川浩満による特別寄稿「米子のふたつの夜 ーー 李さん、絓さん、レフト・アロー」の一部を抜粋してお届けする。(編集部)
「米子の合縁と忘れ難き人びと」
絓さんと初めてお話ししたのは、二〇〇二年、東京・四谷の近畿大学国際人文科学研究所東京コミュニティカレッジが開講した絓ゼミの打ち上げでのことだった。
絓さんは席につくなり開口一番、「吉川くん米子なんだって?」 と尋ねてきた。そう、鳥取県米子市という地方都市が私の故郷で ある。東京では米子のことを知る人はそれほど多くない。ましてや米子と縁のある人となるとめったにお目にかかれない。意外な 単語が飛び出してきて驚いた。
あれから二十余年。おかげで私も絓さんと米子の合縁のご相伴にあずかることになった。なかでも忘れ難い人びとと出来事について記しておきたい。
まずは李さんである。先の絓さんの話は、「じつは米子に友だち がいて......」と続くのだが、その友だちが李健裕さんだ。絓さん の学習院大学の活動家仲間であった李さんは、米子から上京してきた人だった。ノンセクトでの活動後、吉本派として知られる党 派に属していたが、一九七四年秋、ほかならぬ絓さん宅で統合失 調症を発症してしまう。
病を得て米子に戻った李さんの様子を見るために、絓さんはたびたび米子を訪れていたようだ。その辺の事情については『吉本 隆明の時代』(作品社、二〇〇八年)の「あとがき」に詳しい(同 書は「李健裕と、その兄・成裕の記憶に」捧げられている)。
米子出身というだけでなく、米子の在日朝鮮人というかなりレ アな属性を共有することもあり(李さんは二世、私は三世)、李さんには最初から親しみを覚えた。後にご本人にお目にかかる機会も得て、李さんの「少年のような清々しさ」(前掲書、三八二頁) に私も魅了されたのだった。
ところで、絓さんは在日朝鮮人である李兄弟が「吉本主義者」であることが信じられず、彼らとの討論のレジュメのつもりで『吉本隆明の時代』を書いたという(前掲書、三八三頁)。そのことによっ て、李さんと絓さんと米子の結びつきは私にとってますます重要なものとなった。吉本隆明の仕事にどう対処するかは私の課題でもあるからだ。私は自分が吉本の仕事に(不安と同時に)魅力を感じる機制をうまく言葉にできないことをもどかしく感じてきた。 だから『吉本隆明の時代』は、絓さんが私に出してくれた宿題(と勝手に受け取らせてもらっている)という意味でも特別な作品である。
続きは「絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代」特別寄稿にて
■書籍情報
「絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代」
著者:絓秀実
特別寄稿:吉川浩満、金子亜由美、住本麻子
発売日:2023年7月4日
価格:5,500円(税込価格/本体5,000円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5判/721頁
ISBN:978-4-909852-42-7
購入はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/646748326b7c3d004188e86e
「絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年」
著者:絓秀実
特別寄稿:外山恒一、木澤佐登志、綿野恵太
発売日:2023年7月4日
価格:5,500円(税込)
判型/頁数:A5判/819頁
ISBN:978-4-909852-43-4
発行・発売:株式会社blueprint
購入はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/6467497f51153c007a529479
「絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代」目次
■第一章 メタクリティーク(正しい表記はメに×)
ナルシスの「言葉」── 中上健次論
「母の力 ──『 鳳仙花』を読む
偶数と奇数 ──『千年の愉楽を読む
家=系の破壊──小島信夫論
いろはにほへと── 深沢七郎「みちのくの人形たち 」を 読 む
倫理・教育・物語 ── 尾辻克彦論
[大岡昇平論] 言葉という影へ
母という歴史
■第二章 青春の廃墟
「私小説」をこえて ── 小林秀雄と安岡章太郎
悲惨さの方 へ ── 書くこと、そして読 むこと 、あるいは批評のためのメモ 、ではなく... …
[三島由紀夫論] 死刑囚の不死
複製技術時 代のナルシス
[中村光夫論 ] リアリズムの廃墟
極言の言葉
[平野謙論 ] プティ・ブルジョア・インテリゲンツィアの背理
フィクションとしての人民戦線
「 死者の形而上学 ── 昭和十年前後と戦後文学の「 理 念 」
媒介者というファシスト / 無媒介の運動 ── 林達夫と花田清輝
先駆者・中村光夫
道化のような「死者の肖像」
■第三章 書くこと=自己意識
自己意識の覚醒──昭和文学の臨界
[横光利一論] 「純粋小説論」まで
『上海』まで
書く「機械 」
探偵のクリティック ── 批評の系譜
貴種流離のパラドックス ── 磯田光一と「昭和」
柄谷行人──恋愛の主題による変奏
■第四章. 小説/ジャーナリズム
「純文学 をもこえて
現代小説の布置 ──「永山則夫問題 」の視角から「メディア」が透明でなくなった時 ── ナショナリズムとジャーナリズム
異化するノイズ ── 中上健次『奇蹟 』を読む
小説を書かない小説家──作家ビートたけしの諸問題
探偵=国家のイデオロギー装 置
今日のジャーナリズム批評のために── 小林秀雄と大西巨人
歴史修正主義の基本構造
ポスト「近代文学史」をどう書くか ? ──「元号」と「世代」をこえて
国民の「俗情」は「痛み」を回避する
「純文学」を必要としているのは誰か
「過激派」気質
「おばさん」という記憶/忘却装置 ── 金井美恵子『軽いめまい』
田村隆一に逆らって
「文学場」の変容 ──「批評」と「研究」の闘争を提起する
「絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年」目次
■第一章 文学のナショナリズム
文芸時評は「国民的象徴」である
再現の現前という虚構
言葉における夢と記憶
ファロクラシーの異化と同化
有機化=全体化の幻
「鬱」とナショナリズム
■第二章 性の隠喩、その拒絶
[稲垣足穂論]前衛と遅れ
性と死1
「喪失」の自明性──フェミニズムと文学
性の隠喩、その拒絶──中上健次の『紀州』以降1マイノリティーに「なる」こと──『中上健次発言集成』
クイアーな「快楽」を求めて──日本的美学とフーコー
「少女」とは誰か?──吉本隆明小論
俳句(=男性原理)におけるフェミニズムの系譜
津島佑子『光の領分』解説
アイデンティティ・ポリティクスの転移
■第三章 天皇制という享楽
享楽と脱魔術化──見沢知廉『天皇ごっこ』
井上ひさしと天皇制──『紙屋町さくらホテル』をめぐって
■第四章. 二重の闘争
二重の闘争──筒井問題と全共闘運動を結ぶもの
「こんなもの」に過ぎぬ読者と話者の関係──『女ざかり』(丸谷才一)
闘争としての「言葉狩り」──『水平運動史研究』(キム・チョンミ)
マンガのゴーマニズム──『ゴーマニズム宣言』(小林よしのり)
「超」言葉狩り宣言
マイノリティ運動の「方向転換」を論ず──筒井康隆『文学部唯野教授』批判、その他
完璧な罵倒語は存在しない
■第五章 歴史/年
「(最後の)小説」は冷戦後をどう生きるか──「サリン―オウム」事件と大江健三郎『燃えあがる緑の木』
闘争という「社交」──「サリン―オウム」・言論・学生運動
メディアと「政治」
「歴史」を捏造する戦後民主主義──アイデンティティー・ポリティクスとイメージ批判
私が「それ」である──村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』
アジアは「もの」である
丸山真男という「呪物」──「戦後」を回避した戦後思想の首領
その「許し」に安堵するのは誰か──加藤典洋『敗戦後論』批判
江藤淳と「われらの時代」
「神の国」における民主的統治形態
当事者中心主義の彼岸
書物=文化の「崩落」
■第六章 階級としての大学問題
教育の大衆化と大学
『学問のすゝめ』は大衆社会でも有効か?
そのために死にうる「国家」
ゾンビの共同体
「金利生活者としての学生層
国民皆兵・家・義務教育
「男らしさ」のディレンマ
■第七章 風俗のポリティクス
ファシズム・レトロ・ポストモダン
田中角栄と廃墟のコミューンへの欲望
「裸で出直す」倉田まり子のフェミニズム
家庭の崩壊が生み落とした豊田商事事件
阪神の優勝はフランク永井を自殺に追いこんだ
ボーヴォワールとニャンギラス
土井社会党を再生させるたったひとつの方法
ナッパ服のプライドと国労分裂