大友花恋の『モンパルナス1934』レビュー 「紙の上にならぶ文字が、光っていた」
アルファレコード創立者の村井邦彦と日本経済新聞編集委員の吉田俊宏が共同執筆した小説『モンパルナス1934』が、4月30日に株式会社blueprintより刊行される。『モンパルナス1934』は国際文化交流プロデューサーとして活躍した川添浩史（紫郎、1913～70）の半生を描いたヒストリカル・フィクションだ。川添の没後にアルファからデビューしたイエロー・マジック・オーケストラ（YMO）の世界進出は、川添の薫陶を受けた村井がアヅマカブキの欧米ツアーをモデルにしていたという事実もドラマチックに明かされ、日本のポップカルチャーの源流を知るうえでも貴重な読み物になっている。
発売に先駆け、女優の大友花恋によるレビューをお届けする。読書家としても知られる大友花恋は、本書をどのように読んだのか。（編集部）
紙の上にならぶ文字が、光っていた
『モンパルナス1934』を読み終え、物語の世界と自分の世界のピントを合わせているときにふと気がついて、身震いした。
この小説が、こんなにも特別な光を放っているのは何故だろう。
ユニークで、鮮やかでありながら、読者を全面的に信頼してくれている無骨な文章によるものか。第二次世界大戦前後の怒涛の変化を迎えた世界を、ありありと伝えているストーリーによるものか。
それだけではない。シローの放つ光が、読者にまで届いているからなのだろう。
圧倒的に大きな世界で激動の時代を相手に突き進むシローには、惹きつけられっぱなしだった。
欧米人に囲まれながら挑んだカンヌの水泳大会での身体能力、パリで繰り広げたカーチェイスをものともしない度胸、各国の要人と対等に意見を交換する知識、「文化」を通して国と国を繋ぐという機転、戦争において重要な局面を担えるほどの顔の広さ……。
読者はシローに、たびたび圧倒される。そして、次はどんな光を見せてくれるのだろうと期待せずにはいられなくなる。
シローの光に誘われるように集まった人々も眩しい。日本だけではなく、世界のスター、芸術家など、歴史の教科書に載る偉人が、時代を生きる人として次から次へと登場する。
ポールヴァレリー、岡本太郎、ロバートキャパ、吾妻徳穂……。
一冊のなかに陳列された、錚々たる名前の煌びやかさに、4歳の頃、祖父母に連れて行ってもらったデパートを思い出した。
祖母は「かんちゃん（私の幼少期のあだ名である）、このなかからパパとママへのおみやげ選んでくれる？」と、ケーキが並ぶショーケースを指差した。
パパは栗が好きで、ママは紫が好きだから、モンブランとブルーベリーの乗ったやつにする。
悩みに悩んだ末に、私がそう告げると、祖父が「かんちゃんはえらいなあ」とにっこり笑った。
彩どりのケーキのように、風格と個性を持ち合わせた偉人たち。この本は、彼らの姿や言葉の全てを味わわせてくれるのだ。悩んで選ばずとも、全て。
巻末には『史実を基本にしながら創作を交えた歴史フィクション』とある。
しかし読者は「こんな時代があったのだ。私たちの知らない、私たちの歴史に、こんな局面やこんな言葉が、きっと本当にあったのだ」と、信じてしまう。
信じたくなるような甘美さがあるのだ。
眠りから覚めたときの頭の中、どこまでが夢でどこからが現実か、境界線が溶けてしまっているように。
しかし、歴史フィクションであるとしても、私たちはシローたちの積み上げた日々の延長を生きている、という事実は変わらない。その事実は、この物語にひっそりと確実に横たわっている。
それが、なんと心強く、誇らしいことだろう。
シローは人と人とのつながりを大切にし、映画や芸術を中心に世界を繋いだ。
そして、この物語は、緻密な文章と圧倒的な知識をもって、私たちと1934年のモンパルナスを繋いでいる。
カンヌに最初に降り立ったシローが感じた、レモンとオレンジの花の甘い香りが私にも届いてくる。なるほど、これは一瞬にしてカンヌが好きになる。
光る物語を抱きしめて、私たちはシローの未来を歩いていく。
できれば、その足で「キャンティ」を訪れたいものだ。
■書籍詳細
タイトル：『モンパルナス1934』
村井邦彦 吉田俊宏 著
発売日：2023年4月30日
※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格：3,080円（税込価格／本体2,800円）
出版社：株式会社blueprint
判型／頁数：四六判ハードカバー／384頁
ISBN：978-4-909852-38-0
モンパルナス1934特設サイト：https://blueprint.co.jp/lp/montparnasse1934/
blueprint bookstore：https://blueprintbookstore.com/items/64366f9e427a88002f502e94
