ダンスプロデューサー・夏まゆみはなぜ執筆活動に力を注いだのか? 遺作に込められた「言葉の力」

夏まゆみの遺作を読む

 モーニング娘。、AKB48、吉本印天然素材、長野冬季五輪閉幕式……夏まゆみが振り付けをしたグループや番組、セレモニーを列記していくだけで、“Jダンス”の歴史が華麗な絵巻となる。この6月21日、癌のため61歳で旅立たれた彼女には、やり残したことがまだあっただろう。それでも瞼を閉じれば、いつでもわたしたちは夏の笑顔とあの振り付けを取りもどせる。

 ところで彼女は生前、振付師という肩書きを使わず、“ダンスプロデューサー”と呼ばれることを望んだ。2023年3月に発売された『人はいつでも、誰だって「エース」になれる!心とからだが輝く72の言葉』(ビジネス社)は、プロデュースという俯瞰力なしでは書けないだろう。

 そして、労作にして奇跡。病勢とのにらみ合いのなか、一文字一文字、積み木の塔をつくるように執筆したというエピソードは、それだけでも静かな感動を呼ぶ。ダンスを多面的に分析し、かつ平易な文なので読者層も限定しない。このことも、彼女が振付師という枠におさまらないことを雄弁に物語っている。

 本書には五つの章がある。そこに“72”個(夏=なつ=7(なな)2(Two)に由来)のテーマが設けられ、心弾む元気なキャラ(アランジアロンゾ作)も添えられる。とくに印象に残るのが、一章にある「エースはeverybody」。表題をはじめ、既著『エースと呼ばれる人は何をしているのか』にも躍る共通のワードから、夏が問う真理が透けてみえる。ただし、彼女の考えるエースとは一般的な定義に沿ったものではない。

「エースとは“自己を確立し、自信を持って、前に進む人”」(P16)

 優等生にかぎらず、万人に与えられたチャンスだと言い切る。

 『エースと呼ばれる人〜』では、自身の体験談に触れながら、ポイントとなる場面で人生訓へと着地させる運筆だった。だが本書では、夏がこれまでに遺してきた著作に通底する“ダンスの心得”を総動員させた印象がつよい。

 さらに72のワードから、裾野をどこまでもひろげている。処世術というお硬い表現はしないが、ダンスの教えが人生に役立つことを実直につづった譚は、夏の真骨頂というほかない。

 夏は生涯において、8冊の本を上梓した。ASAYANを筆頭に数々の番組にも出演してきた彼女は、なるほどタレント性も十分あるだろう。だが、それを売りにするような写真集やスタイルブックはここに含まれていない。そのうえで、日本のダンサーがこれだけ多くの本を書いた前例はあるのだろうか。

 夏が筆の立つダンサーであることは論をまたない。執筆期間に3年を要したという『ダンスの力』などは、拙著『ダンスの時代』『Jダンス』を執るにあたっておおいに引用させてもらった。

 ただし、亡き夏にあらためて注目したい理由はそこではない。“8(冊)”という数字から浮かんでくる、“書”への情熱こそ興致といえないだろうか。そう考えたのである。

 夏の踊りがそうであるように、彼女の人生は波乱万丈だった。豊かなストーリーがあって(ダンスの道を一度挫折。OLをするも、会社の窓から見えるスタジオを日々目にすることで再起するなど)、それを文章にできる才能にも不足はない。あるいは執筆、ダンス、いずれにも創作という共通の目的がある(観念的だが、以上のような理由づけでもこの点は説ける)。

 それが証拠に、夏の文体はダンスのアイソレーションのように歯切れがいい。AKB48のために考案された気合の言葉「目からビーム、手からパワー、毛穴からオーラ」には、語調とダンスがシンクロするような刺激すら覚える。

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