『夢みるように、愛したい』など「天使シリーズ」で一世風靡 折原みとの悲恋小説が教えてくれたこと

「天使シリーズ」折原みとの影響力

「私、漫画を卒業したんだよね」

 筆者が小学5年生の頃、クラスメイトが少し誇らしげに言った。当時はバブル期で、私立中学受験が大ブーム。子どもたちは漫画と勉強をどう両立させるか悩んでいたから、その子の宣言にクラス中の女子がいろめきだった。一体彼女に何があったというのだ。

 クラスメイトが見せてくれたのは、一冊の小説だった。タイトルは『夢みるように、愛したい』(講談社X文庫―ティーンズハート)。折原みと氏(以下敬称略)が書いた、のちに「天使シリーズ」と呼ばれて大ヒットした少女向け悲恋小説だった。

少女に新たな視点を与えた衝撃作

 『夢みるように、愛したい』は、ドジな天使のリョウと、リョウに死者と勘違いされて魂を抜かれた桜子の数日限りの関係を描いた恋愛小説だ。ふたりは惹かれ合うものの、立場の違いから結ばれるのは困難を極める。

 当時、小学生女子をターゲットにした漫画はハッピーエンドが大半をしめていた。学校で出会った男女は多少の困難にぶち当たったとしても、最終話では結ばれたり、大人になって結婚したりするものが多かった。つまり、愛情は冷めずに気持ちは成就するものであって、「結ばれないこと」はその一歩先をいく大人な恋愛に違いなかった。

 そのクラスメイトがどこか誇らしげだったのは、漫画から活字に移行することで「親に叱られない娯楽の抜け道」を見つけたことはもちろんだが、「悲恋を知った」ことで大人の階段をひとつ登ったことに対する優越感に浸っていたのもあったのだろう。

 この日を境に、クラスの女子の間で『夢みるように、愛したい』は必読書になった。近所の本屋から瞬く間に消え、読後の少女たちはどこか大人びた雰囲気を纏うようになった。

少女たちに難問を押し付けた『天使の降る夜』

 『夢みるように、愛したい』の続編は『天使の降る夜』(講談社X文庫―ティーンズハート)は、1988年12月に発売された。本作は、桜子を忘れられない天使のリョウに惹かれる少女 愛里が主人公の物語だ。桜子はリョウを愛していたときの記憶をなくし、リョウは桜子とは決して結ばれることないと分かっていながら思い続けている。この時点で『夢みるように、愛したい』のファンはお腹いっぱいなのだが、そこに第3の女 愛里が登場し、リョウの心を揺さぶって結婚に漕ぎ着けてしまうのだ。

 筆者のクラスでは「『天使の降る夜』を受け入れるべきか否か」の議論が繰り広げられた。もしかすると、これが筆者にとって初めてのディスカッションの経験だったかもしれない。「自分たちを成長させてくれた『夢みるように、愛したい』を作ってくれた折原先生を尊敬するなら、先生の創造物は全て受け入れるべき」派と、「リョウと桜子は何がなんでも一緒になるべきだった。どういう理由があったとしても愛里は受け入れられない。愛里を選んだリョウも無理」派に分かれていたと思う。ちなみに私は「愛里無理」派だった。そして、「先生の創造物は全て受け入れるべき」派は、どこか達観していた風に感じられて悔しかったのを覚えている。

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