単行本化にあたりゼロから描き直す!? 『レ・セルバン』前代未聞の決断の裏にある、濱田浩輔が作品にかけた思い

『レ・セルバン』濱田浩輔インタビュー

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『パジャマな彼女。』『はねバド!』の作者・濱田浩輔先生の最新作『レ・セルバン』1、2巻が4月28日に同時発売された。

 「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で連載中の『レ・セルバン』は、濱田浩輔先生にとって初めてとなる超巨篇ダークファンタジー。隣国の侵攻、そして世界を滅ぼすほどの強大な力を持った邪竜の目覚めによって、祖国を失ってしまったセルバン王。娘・アルシノエの身に宿る魔神を発動させることで、邪竜の動きを封じることに成功するが、娘はその代償に父親との記憶をすべて失ってしまう……。

 そんな失ったすべてを取り戻そうとするセルバン王の旅路と戦いを描いた本作。綿密に作り込まれた壮大なストーリーもさることながら、驚くべきは単行本化にあたり1~5話の実に100ページ以上を完全にゼロから描き直しているという点だ。

 100%、いや200%の『レ・セルバン』を読者の方にお届けしたい。そんな濱田浩輔先生の並々ならぬ覚悟と決断によって実現した前代未聞の加筆修正。今回は、濱田浩輔先生と担当編集・千代田氏に『レ・セルバン』の誕生から単行本化に至るまでの裏側、そして作品にかける思いについて話を伺った。(ちゃんめい)

ラブコメ・スポーツから方向転換、きっかけはファンタジーへの憧れ

――なぜ、ダークファンタジーに挑戦しようと思われたのでしょうか。『レ・セルバン』の着想のきっかけを教えてください。

濱田:これまでの連載ではずっと現代劇を描いてきました。特にスポーツ漫画は、もう自分が出せるものを全て出し切ったなと。それくらいの気持ちでやってきたので、もしも次連載するならば現代劇ではなくファンタジーものをやりたいという想いがずっとあったんです。

――ファンタジーものへの想いは、やっぱりご自身がお好きなジャンルだからでしょうか?

濱田:そうですね。僕自身、もともとファンタジーが大好きでして。特に、学生時代は映画「ロード・オブ・ザ・リング」が公開されていた時期だったので、世間的にもファンタジーブーム真っ只中でした。当時はスポーツに打ち込む傍ら、原作小説「指輪物語」(J・R・R・トールキン)を買って読んだり……かなりファンタジーにハマっていましたね。

――本作ではファンタジーの象徴ともいえるドラゴン(邪竜)が登場しますね。

濱田:もしもファンタジーものをやるなら、硬派なファンタジーを描きたいとずっと思っていたので“邪竜”は初期構想の段階から存在していました。

1巻、P36より

濱田:一口にファンタジーと言っても、本当に色々な物語があると思うのですが、『レ・セルバン』みたいに龍によって世界が滅ぼされるみたいな設定って、正直あまり見かけないのかなと。最近のファンタジーはもう少し身近な世界というか、個人間の物語に焦点をあてたり、趣向を凝らした物語が多いイメージ。だけど、せっかくファンタジーをやるならもうインパクト大の邪竜が登場する……とにかくゴリッゴリのファンタジーを描きたかったんです。

神話があるファンタジーを作りたい

――ファンタジーは、歴史、SF、近代などジャンルが多岐に渡りますが、その中でダークファンタジーにしたのはなぜでしょうか。

濱田:もちろんダーク以外のジャンルも好きですが、やっぱり僕が物語を描く時の人間描写というか、人の捉え方が少しダーク寄りなんですよね。自分の方向性とうまく合致していたから、ダークファンタジーに寄っていったのかなと。

千代田:初期の頃、濱田先生に「ゲーム・オブ・スローンズ」みたいなイメージで、とお伝えしていた記憶があるのですが、結果的にはごく自然にダークファンタジーになりましたね。

濱田:そういえば、初期の頃は神話の話をたくさんしましたよね。

――神話の話……?

濱田:先ほど「指輪物語」の話をしましたが、作者のJ・R・R・トールキンが大好きでして。彼が生み出す作品って物語の世界の中に過去の話というか、神話が存在している……つまり“神話があるファンタジー”なんですよね。だから、『レ・セルバン』でも神話が存在する世界を描きたくて、千代田さんと1000年前の世界の話をめちゃくちゃしていました(笑)。

1巻、P82より

 

「自分の名誉よりも家族や他人のことを考える」セルバンというキャラクター

――これまではラブコメ・スポーツ漫画というジャンル柄、10代の主人公を描くことが多かったかと思います。対して、本作はセルバンという歳を重ねた男性が主人公ですが、キャラクター作りの上で苦労された点はありましたか?

濱田:確かにセルバンのようなキャラクターは初めて描きました。でも、初期構想の段階から彼はずっとこのままというか、中年の男性でしたね。

1巻、P5より

濱田:セルバンを描く上での苦労は正直あまりなくて。それは、そもそも“おじさんキャラ”がすごく好きだというのと、僕自身もセルバンと同じように歳を重ねているので、共感や憧れを抱きやすいんです。逆に若者を描く方がもう難しいなと思っているくらい。

――歳を重ねた主人公を描く上で意識していることはありますか?

濱田:やっぱりそれなりに人生経験を積んでいるのだから、情けなかったり、あるいは怖すぎる面が出ないように意識しています。あとは、自分のことを優先しすぎないという点も心がけていますね。歳を重ねたキャラクターなら、自分の名誉よりも家族や他人のことを考えたりする思考になるのかなと。

『はねバド!』4巻以降のダークさを出す

濱田:でも今思い返すと、現在の『レ・セルバン』の形になるまでに色々なセルバンがいたんですよね。白髪のセルバンや、砂漠で奴隷をやっているセルバン……。


――今の形になるまでどのくらいの時間がかかったのでしょうか。

千代田:まず、連載までの準備期間が約2年ほど。いざ、連載が決まって第1話に取り掛かった際は完成までに第20稿は超えていましたね。

――1話に20稿も……。完成形に至るまでどんな点に苦戦されましたか。

濱田:ファンタジーものをやりたい!という気持ちだけが先行してしまって、ノウハウが追いついていなかったり、ツボが押さえられていなかったんです。例えるなら、情熱だけで描き進めてしまうみたいな……これは漫画家が陥りがちというか、結構やってしまいがちですが、そうならないように千代田さんにはかなり厳しめに作品を見ていただきました。結局のところ、漫画は読者が読んだ時に面白いと思ってもらえるのかどうかが全てなんです。ですので、作品をその域まで持っていくために試行錯誤を重ねて作り上げていきました。

――千代田さんは具体的にどんなアドバイスをされたのですか。

千代田:僕が一番気にしていたのはいかにダークに、そしてシビアに描けるのかという点でした。「週刊ビッグコミックスピリッツ」は青年誌。リアリティの高い世界観でいかにシビアな物語を描けるのかどうかが青年漫画の要件だと僕は思っています。そして、この話は濱田先生にもお伝えしたのですが、僕は『はねバド!』の4巻以降の物語がすごく好きなんですよ。1~3巻は少年漫画かつ、ラブコメっぽい雰囲気ですが、4巻以降は『ピンポン』(松本大洋)並のシビアな世界観になってバドミントンに本気で向き合う。主人公の羽咲綾乃も明らかに顔が怖くなっていくじゃないですか?(笑)。4巻以降で纏っているこの“ダークさ”を『レ・セルバン』で出したかったんです。

――初期の原稿ではそのダークさが足りていなかったということでしょうか。

千代田:やっぱり最初の原稿では、ダークになりきれていなくて、どちらかといえば『はねバド!』1~3巻の雰囲気が出ていたんですよね。なので、『はねバド!』4巻以降で行くんだと。濱田先生も受け入れてくださって今の『レ・セルバン』へと繋がっていきました。

濱田:最初の頃は理想というか、少し良い子ぶってしまう自分がいたような気がします。ダークファンタジーと言いながらも、優しい世界を描きたい気持ちもありましたし。ですが、ダークかつシビアにとなると“生っぽさ”が必要で、千代田さんの仰っている“『はねバド!』4巻以降”にはそれがあるのだと思います。そして、そういった物語の方が読者にとっても面白く読んでいただけるのかなと。

「全部自分の手で生み出してみたい」 驚きの創作体制

――物語はもちろんですが、背景描写などの緻密な描き込みに圧倒されました。原稿は何人体制でやっているのですか。

濱田:枠線やベタ、背景……要するに描く作業は全て僕が一人でやっています。スクリーントーンだけ妻に手伝ってもらっているので実質2名体制ですね。

――2名体制で『レ・セルバン』を描くのは相当な苦労があったかと思います。

濱田:そうですね。いつまでこの体制を続けるのかは分かりませんが、ただ自分の手で全部やってみたかったんです。やっぱりファンタジーは自分が空想した世界なので、アシスタントの方に説明して描いていただくよりも、全部自分の手で生み出してみたいなと。

1巻、P34より

――デジタル、アナログどちらで原稿は作業されていますか。

濱田:ずっとアナログでやっています。デジタルの方が効率面を考えると良いのかもしれませんが、やっぱりアナログには魔術的なものがあるんじゃないかと思っているんです。想像力を働かせながら自分の手で紙に直接描いていく……アナログの方が読者に何か伝わるものがあるんじゃないかって。デジタルを否定しているわけではなく、僕はそう信じてすっとアナログで描いています。

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