レコード・ハンターにとって日本は聖地? 『音街レコード』で描かれる音盤探しの魅力

音街レコード

 レコードは凄い。あらためていうまでもなく、あの黒い円盤をターンテーブルに載せて、針を落とすだけで、何度でも繰り返し、遠い過去の遠い場所で録音された音楽を再生できるのだ。『僕らのヒットパレード』(国書刊行会)という本の中で、片岡義男が書いているように、「これを魔法と呼ばないなら、他のいったいなにが魔法なのか」。

 レコードに刻み込まれているのは、単なる音楽ではない。過去の時間や人々の想いも、そこには“記録”されているのだ。中古盤にいたっては、知らない誰かから知らない誰かへと受け継がれてきた歴史もまた、一緒に所有することになる。だから同じ音楽でも、レコードには、ライブ演奏とは違う種類の魅力があるのだ。

……などと書くと、「それは、CDやカセットテープについてもいえることではないか」と思う人もいるだろう。確かにそうかもしれない。だが、“レコードに針を落とす”という行為は、(ボタン1つで簡単に再生できるCDやカセットとは異なり)少々大げさにいわせてもらえれば、音楽好きにとってある種の神聖な儀式であり、それはやはり特別なものだと思うのである。

音盤を通して世界を知る物語

 さて、そんなレコードの魅力を描いた、とてもキュートな漫画が先ごろ単行本化された。毛塚了一郎の『音街レコード』(KADOKAWA/全2巻)である。

 主人公は、高架線下の中古レコード店でアルバイトをしている美大生(?)の三枝実梨。物語では、毎回、この実梨がさまざまなレコード(ないしレコード店)と出会い、世界を知り、他者とつながっていく様子が温かいタッチで(時にファンタジーの要素も交えて)描かれていく。

 ある回で、彼女の友人の茅野礼子がいう。「今に残ってるものなんて ほんのひと握りなんだろうね(中略)音楽なんて 特にさ レコードも聴く人がいなくなれば投げ売りだ」。
 実梨はその言葉に同意しつつも、「でも だから私はここ(レコード店)が好きなのかも そういう音楽も聴きたいから」と答える。

 そう、知らない音楽は、まずは聴いてみないと始まらない。たとえそれが「投げ売り」されているレコードだったとしても、針を落とした瞬間、スピーカーから響いてきたギターのリフに、人生を変えられることさえなくはないのだ。

レコード・ハンティングという名の宝探しへ

 ちなみに本作は、『音盤紀行』(こちらもレコードが人と人とをつないでいく物語である)で知られる作者が、以前、同人誌で発表した作品をまとめたものだ(「てれぴんレコーズ」というシリーズを『音街レコード』に改題。7インチレコードを模した判型も凝っている)。

 思えば、「古書」をテーマにした漫画は少なからずあるのだが、レコードとなると実は珍しく(本秀康『レコスケくん』など、まったくないわけではないが)、今後も“レコード漫画家”としての毛塚了一郎に注目したいと思う。

 いずれにせよ、本作からひしひしと伝わってくるのは、まだ見ぬ自分だけの音盤を探すことの悦びだ。中古レコード店めぐりは、誰にでも手軽にできるトレジャー・ハンティングだといっていい(地方在住の方は不利かもしれないが、たまにレコードを探すためだけに、大きな街へと出かけていくのも一興だろう)。

 以下に引用するのは、世界的なレコード・コレクターとしても知られている、元ソニック・ユースのサーストン・ムーアの言葉である。

 おかしなことだが、ぼくが探していたジャズのレコードの多くが日本にあったんだ。あそこには地球上のどこよりもたくさんのコレクション用レコードがある。コレクターの夢であると同時に悪夢なんだ。探しているものは何でもそこにある。(中略)東京だけで百軒のビニール・レコード店がある。この前に日本に行ったとき、飛行機から見下ろして「小さな島に、どうしてレコード店が密集してるんだろう?」と思ったのをおぼえてる。~『ビニール・ジャンキーズ レコード・コレクターという奇妙な人生』ブレット・ミラノ(菅野彰子訳/河出書房新社)より~

 残念ながら、多くの人々が配信サービスで音楽を聴くようになったいまでは、かつてムーアが訪れた店のいくつかは閉店(あるいはネットの通販に移行)していることだろう。それでも、日本の各地にはまだまだ大小さまざまな個性的なレコード店が残されているはずだ。

 今度の休日、あなたもこの『音街レコード』を携えて、近くの「音街」にレコード・ハンティングに出かけてみてはいかがだろうか。どんなお宝が眠っているかわからない。そう、某人気テレビアニメの主題歌ではないが、音楽好きにとっても、「この世はでっかい宝島」なのである。

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