姫乃たまが語る、失われたものを求めて気付いたこと 「今を大事にする生き方をしていきたい」

姫乃たまが語る、永遠なるものたち

 歌手/文筆家の姫乃たまが、自身初のエッセイ集『永遠なるものたち』(晶文社)を2022年12月に刊行した。「失われ、手の届かないがゆえに永遠となったものたち」をテーマとした本エッセイ集には、東京に生まれ、10年に渡って地下アイドルをしてきた著者の幼少期の記憶や、初めてレズ風俗に行ったときの感情、たまたま出会った友人や一風変わった体験談などが、どこか郷愁を感じさせるやわらかな文体で綴られている。連載開始から約5年、移りゆく東京の風景の中で、失われたものを探し続けた著者はやがて、その空白の中に自身の姿を見出すーー。瑞々しく儚い20代の感性を、まさに「永遠なるものたち」として一冊に綴じ込めた本エッセイ集を書き終えて、姫乃たまは何を想うのか。本人に話を聞いた。

身体性を取り戻して

姫乃たま『永遠なるものたち』

――『永遠なるものたち』は、2017年に『AM』で連載が開始した頃から読んでいました。こうして1冊の本になったものを改めて読んで、エッセイ集としての完成度の高さに感銘を受けました。

姫乃:ありがとうございます。連載が始まったのが5年ぐらい前だから、昔のエッセイはかなり加筆修正しました。最初は隔週で始まった連載でしたが、隔週が月1になり、3カ月に1回になり、半年に1回になり、年に1回になりとどんどんスピードダウンしてしまい、書籍化に5年もかかってしまいました。途中で病気になったことも影響していますし、連載当初は文字量が1200字くらいだったのが、最終的に6000字くらいになったことも遅くなった要因です。

――読者としては、たまさんの目を通して見た東京の景色が、5年の歳月の中で変化していくところも面白かったです。「そういえば少し前まではこんな風景があったな」と想起されるというか。最後の方の「喪失と再生」では、コロナ禍での気づきも書かれていて、時代性も浮かび上がってきます。

姫乃:たしかに東京の変化は感じられるかもしれません。私自身が東京出身なので、自然とそうなったのかな。

――「無いもの。無くなってしまったもの。目には見えないもの」について書くというテーマも秀逸です。

姫乃:テーマは編集者の方に提案していただきました。エッセイ連載の依頼がきたとき、文章を書くのは好きなんだけれど、書きたいことが無いということを正直に相談したところ、参考文献として松岡正剛さんの『フラジャイル』という本をおすすめされて、壊れやすいものとか欠けたものについて書くのが良いんじゃないかということになったんです。『フラジャイル』は“弱さ”について書かれた本で、『永遠なるものたち』とはまったく違う内容なんですけれど、発想のヒントになりました。私は自己肯定感がすごく低かったから、人より持っていないものが多い気がずっとしていて、だからこそ無いものについてなら書けるかもしれないと。

――書くエピソードはどのように決めていきましたか?

姫乃:最初は思い出話から書き始めました。生まれた家の話とか、亡くなった祖父の持ち物だった自転車の話とか、夏休みに聞いていたラジオの話ですね。だんだんとネタが切れていく中で、ようやく今自分が感じていることを書くようになりました。出会ったばかりの女の子と3日ぐらいぶっ続けで遊んで、それ以降、一度も会っていないという話は連載の最後の方です。そこから、コロナ禍で変化した自分の身体性などの話になっていきました。

――最後に掲載されている「身体」は、たまさんが自分が自分であることを受け止める話として読めました。

姫乃:連載開始時はまだ20代前半で、自分が置かれている環境に全然納得ができないというか、自分が持っているものが全て色褪せて見えるような感覚があって、その渇望感が文章を書くことに繋がっていたと思います。でも、連載の途中でヨガを始めたら、だんだんとそういう感覚が薄れていきました。ヨガの考え方に「足るを知る」というものがあって、それは今置かれている環境や持っているもので十分に足りていると認識することなんです。その影響もあって、当初は「無いもの」について書いていたのが、「今ここにあること」について書くように変わっていきました。1冊を通して、私が身体性を取り戻していく話としても読めるかもしれません。担当の編集者は、その流れも意識してエピソードを組み替えてくれました。

――20代の人生の記録にもなっていて、血が通った1冊だと感じます。

姫乃:一つひとつのエピソードを丁寧に書いていった甲斐がありました。自分でも満足のいく1冊になったと感じています。

まこちゃんがかけてくれた魔法

――たまさんは地下アイドル時代のエピソードを綴った『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』で単行本デビューされ、その後、新書『職業としての地下アイドル』や深井剛志さん・西島大介さんとの共著『地下アイドルの法律相談』などを著してきました。今回のエッセイで、物書きとしてのスタイルが確立されたのかなと感じましたが、ご自身としてはどうでしょう?

姫乃:そうですね、今回のエッセイ集は自分の分身のように感じています。これまでは取材や経験に基づくルポやインタビューなどがメインでしたが、エッセイが一番しっくりきているかもしれません。これまで私の文章を読んでくれていた人たちは、アイドル文化に興味のある人が多かったと思いますが、今回の本はもっと一般文芸に近いところにあると思うので、色々な人に届いてほしいです。

――収録されたエピソードはどれもユニークでありながら繊細で心を掴まれます。たまさんにとって特に印象に残っているエピソードは?

姫乃:帯分にもなった「私は東京生まれだけど、ずっと『私には行けない東京』があります」という一節が書かれた「私の東京」は、具体的な感想を送ってくださる読者が多かったので印象に残っています。このエピソードは本の前半に収録されているけれど、実際に書いたのは連載の後期でした。初期の頃に書いていた、自分の不全感などの個人的な感覚に共感してくれる声ももちろんありましたけれど、このエピソードによってようやく、みんなが何かを話したくなるような“開かれた”ものが書けるようになったという実感がありました。

――たしかにこのエピソードは、東京に住む人なら誰もが多かれ少なかれ思い当たるであろう感覚を、見事に言語化していて、自分に置き換えて語りたくなる魅力がありますね。

姫乃:東京生まれの方だけではなく、地方から上京してきた方も、このエピソードを通じてそれぞれが思い抱く東京について話してくれました。すごく思い出深いです。東京出身でも地方出身でも、同じくよそよそしく感じるところがあるのが、東京という都市の一面なのかもしれません。

――他に反響が大きかったエピソードは?

姫乃:一番多くの反響があったのは「レズ風俗」の回です。レズ風俗という題材自体が珍しかったのもあると思いますが、多くの人が抱いている風俗のイメージとはギャップのある内容だったことも、バズった要因だったかもしれません。

――風俗嬢の「まこちゃん」がすごく優しくて、彼女との温かい交流を通して、たまさんが自己を再発見していく筆致に心打たれました。同性の関係性を描く作品は数多くありますが、こういうアプローチで性を肯定していく文章は新鮮でした。

姫乃:そうかもしれません。私が利用させていただいたお店のサイトのレビューには「大人のディズニーランド」と書いてあったんですけれど、まさにそうだと思いました。ディズニーランドは、ファンタジーの世界を壊さないように、中に入ると外界が見えないような設計になっているんですよね。私がまこちゃんと遊んだのは新宿だったんですけれど、本当に街の風景がいつもとまったく違って見えるんです。まこちゃんがかけてくれた魔法の威力は絶大で、真のプロフェッショナルでした。

――その魔法によって、たまさんも自分の人生や身体を素敵なものだと感じられるようになっていく。

姫乃:そうなんです。私はもともと乗り気でレズ風俗に行ったわけじゃなくて、どちらかといえば緊張するし、不安もあったんです。でも、これも体験取材だと割り切って行ったんですね。そうしたら、まこちゃんがあまりにも素敵な方で、自分でも気付いていなかった傷が癒やされていく感覚がありました。あぁ、私は癒やされたかったんだと、まこちゃんと遊んではじめて気付いたというか。

 それと、私は地下アイドルをやってきたから、レズ風俗の世界も「推しに見てもらいたい」とか、「もっと推しを独占したい」みたいな感情が湧いてくるカルチャーかなと思っていたんですけれど、また違った感覚だったのも興味深かったです。まこちゃんを指名している他の子に対しても、愛着が湧いてきて仲良くなれる感じなんです。女の子に対する苦手意識みたいなものも、だいぶなくなったと思います。

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