『ぼっち・ざ・ろっく!』や『BECK』のルーツ? “元祖・ロック漫画”『ファイヤー!』の魅力
※本稿には『復刻版 ファイヤー!』(水野英子/文藝春秋)の内容について触れている箇所がございます。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)
ロックとは単なる音楽の1ジャンルのことではない。ロックとは、熱い初期衝動を失わずに、自由を求めて転がり続ける生き方のことだ。そんな“真実”が描かれている、「伝説のロックコミック」が先ごろ復刊され、話題を集めている。
水野英子の『ファイヤー!』だ。
「ごみために捨てられた真実」こそがロック
水野英子の『ファイヤー!』は、60年代末から70 年代初頭にかけて、「週刊セブンティーン」にて連載された、1人のシンガーの破滅の物語だ。主人公の名は、アロン。物語は、このアロンの人生をバンド仲間だったジョンが振り返る、という形で動き出す。
母親想いの心優しき少年・アロンは、ある時、ふとした誤解がきっかけで感化院へと送られてしまう。そこで、彼は、ファイヤー・ウルフという男と――もともとはこの男のせいで感化院に入ることになったのだが――親しくなる。
ファイヤー・ウルフは、アロンの音楽的な才能を見抜き、彼にギターの弾き方と“歌の魂”を教え込む。「おまえの胸にあるものを全部吐きだせ。それが歌だ」
しかし、すぐに悲劇は訪れ、徴兵を拒んだウルフは令状を引きちぎり、バイクで逃走、警官に撃たれた末、壮絶な爆死を遂げるのだった……。
やがて、感化院を出たアロンは、前述のジョン(ギタリスト)や、ドラマーのネロ、オルガン奏者のエンジェルらと出会い、バンド「ファイヤー」を結成。アロンの歌の力だけでなく、新しい時代のセンスを兼ね備えたプレイヤーが集ったファイヤーは、一躍人気ナンバー1のバンドになるが、アロンの純粋で脆い心は、“売れるため”だけの音楽を受け入れることはできなかった。
アロンの心は何かが起きるたびに壊れそうになり、それを癒そうとする女たちも時おり現れはするのだが、彼を突き動かす炎が消えることはない。ある金持ちの男に向かって、アロンは叫ぶ。「ぼくたちは、ごみために捨てられた真実をさがして、苦しんでるんだ!」
そんな彼が最後に選んだ道とは――。
日本のロック漫画の祖
60年代末(〜70年代初頭)という時代背景もあり、本作は、マニアックなロック・ネタに限らず、ベトナム戦争の是非、黒人排除問題、ネイティブ・アメリカンの存在、精神世界への傾倒、ヒッピー文化の流行など、当時の世相やさまざまな社会問題が反映された内容になっている。
いずれにせよ、水野が『ファイヤー!』で貫いたのは、何があっても体制には屈せず、常にマイノリティの側に寄り添うという、ある種の反骨精神だった。そう、水野英子は、まぎれもないエレキギターをペンに持ち替えたロッカーだったといっていいだろう。
なお、この『ファイヤー!』、漫画史的には“日本のロック漫画の祖”として紹介されることが多い作品だ。残念ながら、それが事実かどうかを確認するすべをいまの私は持っていないが、少なくとも“本格的なロック漫画”という意味では、本作が初、といってもいいかもしれない。
たとえば、『DESPERADO』(松本大治)、『BECK』(ハロルド作石)、『デトロイト・メタル・シティ』(若杉公徳)、『ウッドストック』(浅田有皆)、『ぼっち・ざ・ろっく!』(はまじあき)といった具合に、日本のロック漫画には、“内向的な少年(少女)がロックと出会って自分を変える物語”の系譜があるのだが、本作は、そうした“型”の1つを作ったともいえるだろう。
また、技法的な面に目を向けてみれば、「ロック漫画」といえば、何かと上條淳士が『To-y』(1985年連載開始)で、歌詞を書かずに“歌”を読者の想像に委ねたという手法の革新性が語られがちだが、『ファイヤー!』をあらためて見てみると、その種の表現も水野がすでにところどころで試みていた、ということがわかるだろう(注・ただし、水野が本作で繰り返し描いているのは、あくまでも“シンガーが歌っているカットの傍に歌詞のテキストを添える”という古典的な表現であり、上條が後にそうした“歌”の描き方を一新したというのは間違いではない)。
いずれにしても、この作品がなければ、後のロック漫画やバンド漫画の隆盛があったかどうかはわからない。
一生消えることがない炎(ファイヤー)とは
物語のラスト、主人公のアロンは、ある理由から二度と歌えなくなるのだが、ギタリストのジョンがその魂を受け継ぐことになる。ジョンはいう。
おれの中で
小さなころから
ずっとチロチロ
燃えつづけてきた炎……音楽へのその炎は
炭火のように
風が吹けば
ますます強く
燃えさかった決して
消えることはないんだ
一生な!
〜『復刻版 ファイヤー!』下(水野英子/文藝春秋)より〜
そう、この燃えさかる「炎」、すなわち“ファイヤー”こそがロックの魂であり、年を取ろうが、流行から取り残されようが、初期衝動を爆発させながら力尽きるまで転がり続けること、それこそが真のロッカーの生き方だといえるのではないだろうか。そして、アロンが燃やした激しい「炎」もまた、ジョンはもちろん、かつて彼の歌に心を震わされた多くの人々の中では、永遠に消えることはないのである。