『ゼロの使い魔』『異世界はスマートフォンとともに。』兎塚エイジが語る、 2000年代のライトノベルの仕事と時代背景

兎塚エイジが語る2000年代のライトノベル

 「このバカ犬~!」というセリフから、釘宮理恵の声が再生された人も多いのではないだろうか。オタク界に空前の“ツンデレブーム”を巻き起こした、2000年代のライトノベルの金字塔といえば『ゼロの使い魔』である。そのキャラクターデザインと挿絵を手掛けたのがイラストレーターの兎塚エイジだ。

 兎塚は18年に渡って、美少女ゲームからライトノベル、そしてスマホゲームまで多岐にわたるイラストを第一線で描いてきた。日本のサブカルチャーやイラスト、ゲーム文化が大きく発展してきた2000年以降を、兎塚はどう見てきたのか。単独インタビューを敢行し、その歴史を紐解いてみた。

ライトノベル初仕事から『ゼロの使い魔』誕生まで

――兎塚先生が初めてライトノベルのイラストを手掛けたのは、何という作品でしょうか。

兎塚:2004年に電撃文庫から出た『道士さまといっしょ』が最初ですね。僕は当時、ゲーム会社(編集部注:ビジュアルアーツ)に所属しつつ、個人のホームページに趣味の絵を載せていました。それを見た編集さんから声がかかった感じです。当時はまだまだライトノベルは黎明期だったので、そういう仕事があるんだな、という感じで引き受けました。

『道士さまといっしょ』は三雲岳斗によるライトノベルで、兎塚エイジが初めてラノベの仕事をした記念碑的な一冊である。なお、カバーのプロフィールでは自身を“なんちゃってイラストレーター”と称している。『ゼロの使い魔』に登場するメイド、シエスタを思わせるデザインのキャラがいるなど、兎塚らしいキャラクター造形が随所にみられる。

――その半年後に『ゼロの使い魔』が出て、さらに3か月後に『導士さまにお願い』と、立て続けにライトノベルの仕事を手掛けています。

兎塚:当時、ライトノベルは、1冊出してみて売り上げで続編を決めるパターンが多かったようです。『ゼロの使い魔』は1巻が出た時から反響があったので、すぐに2巻が出る話があったと思います。

『ゼロの使い魔』第1巻のイラストは、ラノベ史上を代表する傑作と言っていいだろう。主人公ルイズの性格や内面をも感じさせる表情といい、ポーズといい、素晴らしい作品である。使い魔の平賀才人が隣にいる構図も検討されたが、主人公を目立たせるべくルイズ1人になった逸話も。

――『ゼロの使い魔』の主人公のルイズはツンデレキャラとして名高いヒロインです。とてもかわいいのですが、兎塚先生はどのようにデザインしたのでしょうか。

兎塚:髪型や髪の色などはテキストベースでいただいていたので、それを参考にイメージを膨らませて、絵を起こしました。

――作品の人気が上がり、あれよあれよという感じで巻数が増えていきましたよね。

兎塚:僕はラノベの仕組みもよくわかっていなかったせいか、ヒットの実感があまりないんです。(原作の)ヤマグチノボル先生にはあったのかもしれませんが(笑)。当時はゲーム会社と二足の草鞋だったので、睡眠時間を削りながらギリギリで絵を描いていたせいか、あまり記憶がないんですよ。

ゲームとラノベの二足の草鞋

――二足の草鞋を履いていたことは本当に凄いと思いますが、どうやって時間を確保していたんですか。

兎塚:スケジュールをすり合わせて、なんとか時間を作った感じです。実は、ラノベの仕事をしていることは会社には内緒にしていました。まさかこんなに長く続くとは思わなかったので、言い出すタイミングが難しかったですね。

――あれほどのヒット作に関わりながら、よくバレませんでしたね(笑)。

兎塚:会社ではメインで絵を描いていなかったからだと思います。メインでキャラクターの絵を描くのは原画家です。僕はそのポジションではなく、他人の絵を塗るグラフィッカーをしていました。いわば裏方でしたから、僕のホームページをチェックしていない限りは絵柄を知られることもなかったのかと。もっとも、社内で一部の友達とは話す機会があったので、知っている人はいたんですが。

――そうした環境でイラストの仕事をしていたら、格段に筆が早くなったのではないでしょうか。

兎塚:いえ、急ぎながら描いていたので、よく見ると仕上がりが荒くなっている部分もあります。もっとじっくりやれたらクオリティが上がっていたんじゃないかと、反省する部分はありますね。

好評だったため続きが出た、『ゼロの使い魔』の第2巻。兎塚は一気に多忙になる中、絵柄を模索しながら仕事を続けた。初期は巻ごとに絵柄が変化し、試行錯誤の片鱗がみられる。

淡いタッチの絵柄はいかにして生まれたか

――ゲームとラノベのイラストを並行しながら描いていた兎塚先生ですが、仕事の仕方に違いはあるのでしょうか。

兎塚:まず、画面の縦横が違いますよね(編集部注:ラノベはイラストが縦、ゲームは横)。決定的な違いは、ゲームだと線画と塗りは別の人がやっているんですよ。

――先ほど話に出た原画家が、キャラクターの線画を描く人。その線画をグラフィッカーが色を付けるわけですね。

兎塚:そうです。対して、ラノベは基本的に1人で線画から塗りまで全部やるんです。僕は1人でコツコツやるほうが楽で、向いていた感じがします(笑)。ラノベは本文の場合、グレースケールに設定して灰色の濃淡だけで描きます。ポイントは表紙で、ラノベは版型が小さいですから、書店で平積みされたときにキャラクターが目立つように意識して描いていました。

――当時の原画家の絵を見ると、線画をくっきりと描く方が多いです。私は、兎塚先生が原画家ではなかったからこそ、あの淡い線と塗りが生まれたのではないかと思っていますが、どうでしょうか。

兎塚:なるほど。僕が使っていたペインターというソフトはやわらかい線を引けるので、淡い線を好んでいたというのもあります。当時は線画だけは紙に描いて、スキャナで取り込んで色をデジタルで塗る人も多かったのですが、僕は線画からデジタルで描いていたためだと思います。当時のラノベはアナログ派の方も結構いたのですが、僕は最初からデジタル入稿でした。郵送する手間も時間も省けますからね(笑)。

――スキャナで取り込まないので、線をくっきり描かなくてもいいわけですね。流行していたイラストレーターの作風を意識したこともあったのでしょうか。

兎塚:未経験で始めたので、いろいろなイラストレーターから影響を受けました。特に、黒星紅白さんのやわらかい感じの線からは影響されていると思います。

『神曲奏界ポリフォニカ えきさいと・ぶるう』はビジュアルアーツに属するゲーム会社、ocelotの原作が元となったラノベ。当時はまだ、兎塚も素性を秘密にしており、担当編集者は兎塚がビジュアルアーツの社員だと知らずに依頼をしたそうだが…….。

――ライトノベルのイラストレーターには、兎塚先生はじめ、いとうのいぢさんなど、美少女ゲーム業界出身の方がたくさんいらっしゃいます。パソコンを常に操作するゲームメーカーにいたからこそ、CGにスムーズに移行できたのでしょうか。

兎塚:というより、アナログで技術がある程度確立していた人は、アナログにこだわっていたのだと思いますね。僕も以前はアナログでも描いていましたが、CGの方が自分に向いていると思って、すんなりと移行したのです。

兎塚がもっとも好きな『ゼロの使い魔』のキャラクターはタバサだという。ファンからの人気も高く、タバサが主人公になった外伝的な『ゼロの使い魔外伝 タバサの冒険』も出版された。

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