作家にして京大大学院生・青羽悠「物語は最も深い感動をくれるもの」世界の謎に挑む壮大なファンタジー小説を刊行
現実世界から刺激を受けて生まれたフィクション
――今回の小説についてお伺いします。舞台は巨大な[木]を中心に、数千年という単位で5章にわたってさまざまなストーリーが描かれる構成となっています。このテーマでの執筆経緯を教えてください。
青羽:今まで、ずっと現実に即した話を書いてきました。でも、僕としてはもっと「フィクションに触れたい」「長いタイムスケールの話を書いてみたい」という気持ちがあって。長い年月が動いて、星や大地が出てくる話を作ろうと考えました。それで1つの何かを軸にしようと考えた時に、単に1つの都市を追うだけだと歴史ものになってしまい、そこに興味があったわけではないので……何か「大地のモチーフ」となるものがあればいいなという気持ちで、[木]の存在を考えました。
――この世界観を考えていく上で、影響を受けた映画や物語などはありますか。
青羽:フィクションよりは、新書などのほうが影響を受けていますね。『天文の世界史』(廣瀬匠著、インターナショナル新書)という天文台の歴史について書かれた本や、シルクロードを実際に旅した人が書いた『さまよえる湖』(スヴェン・ヘディン著、中公文庫BIBLIO)を読んで「めちゃくちゃ面白いな!」と思って。ドキュメンタリーや科学的な本から着想を得ました。ただ、「大きい木」というのは使い古されたモチーフでもあるので、そこは僕の物語修行でもあったなという感じがありますね(笑)。
――ご自身も旅が好きだとのことですが、旅した場所などからもインスピレーションを得ることはありますか。
青羽:それももちろんあります。コロナになってから行けていないですが、海外旅行も好きなので。トルコのイスタンブールや、台湾などを訪れて、異国の景色に強い憧れを持つようにもなりました。それから今回の4章に車で移動するシーンがあるんですが、これは僕がコロナ以降バイクに乗るようになって、「移動する感覚」がいいなと思って、物語に取り入れました。
――物語全体を通して、フィクションなのですがすべてが少しずつ現代の私たちの状況とつながるところがあると感じられました。
青羽:今回の話は、僕の頭の中ですべて想像して書こうと決めていて、その中でどこまで広げられるかなと。今までとは違う異質な物語を書きたいという気持ちはありましたが、一方で人の感情の動きや描写などは素直に出したかったので、どこかしら現代に通じるものになっていると思います。結局、すべての事象は、いまの自分たちのところにつながるような気はしています。
――全編を通して世界の動きを描いていらっしゃいますが、2章の「贖罪」だけ登場人物の内面により入り込むという性質が強くて、少し異質な感もありました。
青羽:僕の小説ではだいたい毎回1章ぐらい変化球があるんですけど、それが今回は2章だったかなと思います(笑)。いま自分が大学院にいるので、科学者の大変さといったことを目の当たりにして、カルマ(宿命)のようなものを彼らに対して感じるようになったんです。と同時に、自分の作家という職業も特殊なものだなと。人よりもたくさん人や物を見て物語に落とし込んでいくんですが、「それって仕事なんだっけ?」って思うこともあって。そういう僕の気持ちが、2章の主人公に落とし込まれたところはあると思います。
自分を飛び越えていくような物語を作りたい
――青羽さんは物語をどのように紡ぎ出していくのでしょうか。
青羽:僕が何かしら物語を作るときは、まず断片的な景色が見えてきて、「どうやってつないでいったら物語になるのかな?」と考えていきます。今回だと3章の「逃亡」のシーンが一番初めに出てきましたね。そこを目指して、大きな物語の流れを作っていく感じです。今回だと章ごとにテーマを設けてもいるんです。1章は「祈りの始まり」、2章は「科学と信仰のあいだ」などですね。
――青羽さんにとって「小説」や「物語」とはなんでしょうか。
青羽:やっぱり「一番深い感動をくれるもの」じゃないでしょうか。物語からしか得られない感動、考え方を変えてしまう衝撃……それを高い密度でぶつけてくれるものが「小説」だと思います。動画だと、映像や音の力も含まれていますが、そういうものが一切なく、シンプルな形で肉薄する感じで迫ることができるなと。だから小説という形式で物語に携われているのは本当にうれしいと思っていますし、もっとこの分野で戦っていきたいなと思っています。
――今後のご展望、どういった作品を書いていきたいかなどの思いがあれば教えてください。
青羽:今回書いたような、フィクションの力を借りて面白い世界観を作って、大きい物語を書いていきたいとも思います。一方で人間がどのように考えながら生きているかということも緻密に見ていきたいなと思っています。両方を続けていけばもっといいものが書けるんじゃないかなと。自分を飛び越えていくような物語を作っていきたいなと思っています。