擬人化 現在も続いている要因は? 擬人化キャラブームを代表する漫画家・江草天仁に聞く

■引退する新幹線をねぎらう

  日本の漫画・アニメ文化において普遍的に高い人気を誇るのが“擬人化”のジャンルである。擬人化キャラを町で見かけない日はないだろう。昨今も細胞を擬人化した『はたらく細胞』など、擬人化キャラが登場する作品がブームになっている。また、ご当地キャラは擬人化キャラの宝庫である。

江草天仁が描いた『びんちょうタン』のびんちょうタンは、擬人化キャラブームを代表するキャラクターである

  2025年1月29日、JR東海が保有するドクターイエローが、車両老朽化が理由で引退した。ドクターイエローと言えば、“新幹線のお医者さん”として鉄道ファン以外にも知名度の高い車両である。運行最終日、沿線にはそんなドクターイエローに向かって「お疲れ様!」と手を振る人の姿が見られた。

 鉄道の車両を擬人化する文化は以前からあり、同人誌の世界でもポピュラーな文化だが、こうした光景を見ると、漫画・アニメ・鉄道ファン以外の人々も新幹線の車両を人のように見ていることがわかる。日本人は自然に脳内で様々なものを擬人化して、妄想したりできるのかもしれない。

 なぜ、日本人はこんなに擬人化キャラが好きなのだろうか。擬人化コンテンツを代表するヒット作であり、アニメ化もされた漫画『びんちょうタン』の作者・江草天仁氏に話を聞いた。

■あらゆるものを擬人化する

――ドクターイエローのラストランには多くの人が詰めかけ、別れを惜しんでいました。

江草:ドクターイエローもそうですし、時代を築いた列車の引退は、鉄道が好きな人からすれば永遠の別れといいますか、大切な人や家族と一生会えなくなるとか、そういう感覚に近いのかもしれません。言葉をかけたくなる気持ちがとてもよくわかります。

――車両に一種の人格を見ているのかもしれません。

江草:電車や車の先頭のデザインが顔に見えることってありますよね。昨今だと、意図的に顔に見立ててデザインされているのかなと感じるものもあります。日本人特有の感性なのか、鶏が先か卵が先かのような話ですが、一層、シュミラクラ現象を抱きやすいと思います。

――シュミラクラ現象は、3つの点が集まった図形が人の顔に見えてしまうというものですね。

江草:天井の染みが妖怪に見えるという話もよく聞きますが、日本人はどんなものでも生き物や人に見えてしまう。感じ取る力といいますか、感受性が強いのかもしれません。

■“もったいない”精神が影響?

――このような感情はどうやって育まれると思いますか。

江草:僕自身は、小学校の時から「物を大切に使おう」とか、「物に当たるのは恥ずかしいよね」と教わっていました。物に壁に投げたら「物が悲しんでいるよ」とか、花を引きちぎったら「植物も痛がっているよ」と言われた経験がある人も多いのではないでしょうか。人に対してだけでなく、物や動植物がどう思うかと感情を想像できるのは教育の影響もあると思います。

――確かに、私も学校で同様の教育を受けました。

江草:“もったいない”という考えや、物への愛着というイメージも強いと思います。職人さんは特に愛着のある道具に対しては、まるで一緒に生活しているような感情が芽生えているはずです。僕も、物に何かが宿っているだろうなという気持ちはありますね。

――まさに日本人の根底に流れている感覚といえそうですね。

江草:あらゆるものに神様が宿るという考えもありますが、僕が思うに他者を思いやる気持ちの表れかなと思います。個人主義や弱肉強食の世界とは異なる、みんなで力を合わせてやっていこうという精神の先に、物に対しても感情を抱く気持ちが芽生えるのではないかと思っています。

■『びんちょうタン』が生まれた経緯

――江草先生の漫画『びんちょうタン』が生まれたきっかけはなんですか。

江草:2000年代前半に、言葉のうしろに“タン”をつけて、擬人化するのがネットで盛り上がっていたんですよ。ほかにも“ナポリタン”などが思いついたのですが、一番自分のなかでしっくりきて、面白かったのが“びんちょうタン”だったのです。当時、僕はゲームメーカーにいたのですが、社内の先輩と面白がって仕事の合間に描いたものを冗談半分でネットに載せたら反響が大きかったので、漫画やイラストを描くようになりました。

――言葉遊びから生まれたのですね。ヒットの要因は何だったのでしょう。

江草:狙っていたというよりも、冗談半分の中で面白いものができた感じですね。そして、時流に乗れたのだと思います。頭に炭をのせたら、ちょんまげみたいに見えたのも面白かったですし、女の子のキャラがお米にぶっ刺さっているイメージなどがシュールに映ったんでしょうね。

――江草先生はそれまで備長炭について、詳しい知識はあったのですか。

江草:まったくありませんでした。先ほどお話したように、言葉遊びから偶然生まれたキャラでしたからね。でも、反響があったので備長炭の効能などを調べたら、備長炭そのものも脱臭効果があったりして、すごいんですよ。そういった備長炭の特性はすべて絵にしていきました。僕はそもそも、擬人化したキャラを作ることを特殊と思っていなかったんです。意気込んだわけではなく、自然に生まれたわけですから。

――漫画の単行本の1巻には、やなせたかし先生が推薦文を寄せています。『アンパンマン』は擬人化の宝庫ですが、影響された部分はありましたか。

江草:やなせたかし先生の作品はもちろん好きでしたし、コメントをいただけたのは、感無量でした。ただ、僕のなかでは『アンパンマン』のかわいらしいキャラよりも、水木しげる先生が描いた妖怪の影響が大きいかもしれません。『びんちょうタン』も、座敷童のような妖怪っぽいイメージを入れたつもりです。

■擬人化ブームはこれからも続く!?

――『びんちょうタン』が誕生して、もう20年以上経っていますが、擬人化ブームは続いています。

江草:僕は現在もゲームメーカーに在籍して仕事をしていますが、擬人化はゲームやアニメの世界で、もはや当たり前にありますね。『はたらく細胞』の清水茜先生も、赤血球や白血球が働いている様子が人に見えたのでしょうね。そして、その感性に共感した人が大勢いたからこそヒットにつながったわけでしょう。日本を見ていると、あらゆるものが擬人化といえるかもしれません。ポケモンだって人に近いし、ロボットなどもそうじゃないですか。擬人化を楽しむ感性がDNAの中に刻まれているのかもしれませんね。

――今後も、擬人化キャラが登場する漫画やアニメは出てきそうですね。

江草:また、擬人化のブームが起きると思いますよ。『もやしもん』『はたらく細胞』など、周期的にブームが起きていますから。次に、誰が何を擬人化するか、注目したいですね。あと、突出して目立つもの以外にも、擬人化キャラは日々生まれています。それだけ擬人化を楽しむ人は多いのだと思います。

――ところで、江草先生が新しい擬人化キャラを作る計画はないんですか。

江草:さすがに、意識して何かを描こうとは思っていませんが、『びんちょうタン』には今でも愛着はありますし、備長炭の産地である和歌山県みなべ町のみなさんとは今も付き合いがあります。最近も、みなべ町の高校生が作ったアイスクリームのパッケージを描き下ろしました。『びんちょうタン』が地域に根差していることを考えると、擬人化キャラを作って本当によかったなと思っています。

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